ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 


 もう首にほぼ食い込ませたガラス片と半分千切れた海塚の耳を削ぐようにあたしはぐったりする海塚の首に腕を回して連中を全部睨んだ。血走り、乱れ、正常じゃない雰囲気を察した男たちはおい、と声をかけるだけで近寄らない。


「…………救急車呼べ…」

「は、あ…? おま、離せよそのひと、自分がなにやってんのかわかっ」

「救急車呼べよこいつぶっ殺すぞ!!!!!!!!」


 握り締めたガラス片のせいで自分のと硯くんのと海塚の血でどす黒く染まって首に更に食い込ませたら「救急車、」とそいつらが叫んだ。

 程なくして届くサイレンの音、それから救急隊員に廃ビルの中の硯くんのことを伝えて、耳から首にかけて裂傷した海塚も連れられて、君も血だらけだね大丈夫、の言葉にその場にいた全員を睨んでから救急車に乗り込んだ。












 あたしの傷は手と腕だけで、見た目に反してずっとずっと平気で、一緒に救急車に乗り込んだはずの海塚はいつのまにかあたしらとは違う病院に搬送され、それきり一切の連絡がなくなった。

 救急車で搬送される最中、轟木(とどろき) 鳴なら俺を殺してくれると奴は(のたま)っていたそうだ。事実奴は殺されたかったのかもしれない。弟に怪我を負わせたのはあたしたちだけど、その前に原因があって、結局SNSであたしの情報を拡散した人間は分からずじまいで、そのせいで多くの人間が傷ついた。そして傷つけた。あたしもその加害者だ。海塚はたぶん弟と同じ位置に立ちたかった。あたしは硯くんと生きたかった。生きて、やりたいことがまだあった。それだけ、ただそれだけの話。









 病室で包帯ぐるぐる巻きの手で鶴を折っていたあたしの手に、ふとその手が、重なる。

 白い病院にぼろぼろでも映える硯くんが目を覚まして笑ったとき、それは事件から五日後のことだったけど、涙ぐんで抱き締めたら「めい、いたい」って言われた。

 この世界で生きていてほしいのはあたしたちにとって、たぶん、あたしと、硯くんだけだ。







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