心の鍵はここにある

 祖父が私達を招き入れると、その男性は見舞い者用の椅子から立ち上がって微笑んだ。
 私達は、どうすればいいのか分からず、ひとまず会釈をしてその男性の逆側のベッドに回り挨拶をした。

「おはよう、おじいちゃん。来るのが遅くなってごめんなさい。
 うん、こちら、高校時代の先輩で最近お付き合い始めた越智直哉さん。直哉さん、祖父です」

 私の声に被せ気味に、直哉さんが口を開く。

「初めまして、越智と申します。
 里美さんとは結婚を前提としてお付き合いをさせて頂いております。
 昨日、お互いの両親に挨拶をさせて頂きました。こちらに伺うのが遅くなり申し訳ございません」

 祖父と、私達の反対側にいる男性は、呆気にとられて目をパチクリさせている。

「あ、ああ……。昨日、和之(かずゆき)が言ってたな。
 こちらは早紀(さき)さんの弟さんの子だから早紀さんの甥っ子になる本条英樹(ほんじょうひでき)くん。
 里美の見合い相手の予定だったんだけどな」

 祖父の言葉の後を継いで、本条さんが私達に挨拶をした。

「本条英樹です。初めてまして。……ではないんだけど、覚えてないかな。
 小さい頃、早紀おばちゃんちで何度か会って遊んだ事もあるんだけど……」

 和之とは私の父の名前で、早紀さんとは、父の兄である隆之(たかゆき)伯父さんの奥さんだ。
 伯母さんの弟さんの子供なら、私達は伯父さん夫婦の甥っ子姪っ子に当たる。
 本条さんの言葉から、昔の記憶を手繰り寄せるものの、父の転勤による引っ越しで色んな所を渡り歩いた私の記憶はごちゃごちゃになっており、申し訳ないけれどすんなりと思い出すのは難しい。

「ごめんなさい。それはいつ頃のお話ですか?」

 正直に本人に伝えると、参ったなぁと頭を掻きながらも本条さんは答えてくれる。

「里美ちゃんがまだ小さい頃だよ。
 夏休みにさ、五色姫(ごしきひめ)のビーチにみんなで一緒に海水浴にも行った事があるんだよ。
 波が怖いからって、浮き輪を持って浅瀬で遊んでたの覚えてない?」

 幼少期の記憶で、海に関する事を考えていると、ふと思い出しのは……。

「……ゲリラ豪雨に遭遇した時の?」

 家族と親戚と一緒に、伊予市にある海水浴場に行った時、突然ゲリラ豪雨に遭遇して海で遊べなくて大泣きした私に、優しく寄り添ってくれたお兄ちゃんの記憶が蘇る。
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