心の鍵はここにある

「……先輩、昔とキャラ変わりましたね」

「変わったか?
 里美には素直になろうと思ってる。……昔は俺、ヘタレで何も言えなかったからな」

 先輩の眼差しが、少し憂いを帯びている。
 私は、また何も言えなくて、黙って俯くだけだ。そんな私を見て先輩は、言葉を続ける。

「学生の頃、何か無駄にモテてたからさ……。
 何て言うのか、女の子と話をして勘違いさせちゃダメだって思ってて。
 彩奈もいたし、何かあれば彩奈に話せば済んだってとこもあって、極力女子とは距離を置いてたんだけど。
 里美とは、そんなの御構いなしでさ。
 当時はニセカノって言いながらも回りには『付き合ってる』アピールしてたし、俺もその……。
 付き合ってるつもりだったんだ」

 先輩の言葉に驚き、顔を先輩の方に思わず向けてしまった。

「……俺、何であの時『付き合ってる振り』って言ったんだろうな。
 実際に付き合うのと、変わらなかったのに。
 ……休みの日だって、こうやって一緒に出掛けたかった。
 普通の高校生のカップルがしている様な付き合い、すれば良かったって、ホント後悔した」

 先輩の言葉が、胸に響く。後悔なら、私だってそうだ。先輩に気持ちを伝えられなかったから。
 最初に、『勘違いするなよ』と釘を刺され、恋心を悟られない様に振る舞うのに必死だった。
 周りには、付き合っているアピールはしていたから、私の気持ちは周りにはダダ漏れだっただろう。
 でもそれは、彼女と認識されていたから、成り立ったものだ。
 もし、周りが私をニセカノだとわかっていたら……。
 きっと、過去に先輩に振られた女子生徒のやっかみはあの頃受けた嫌がらせより酷かったに違いない。
 なのに、何で今更……。

「今更なのは分かってるけど……」

 先輩は、深く息を吸い込んで、私の手を改めて握り、こう言った。

「里美、俺達、十二年前からやり直さないか?」

 先輩の言葉に、周りの音が消えた。先輩の言葉が、良くも悪くも私の心を支配する。
 十二年前から、やり直す……?

「こんな、通勤中に言う様な事ではないけど……。
 帰宅時間が合わないし、週末は松山に帰るだろう?
 ニセカノとか、ニセカレとかじゃなく、俺達、きちんと付き合わないか?」

 先輩の眼差しは、真剣だ。これが芝居だったら、アカデミー賞ものだろう。
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