雪と少女と執事と令嬢

屋敷の中へ

中へ入ると、すごく天井が高くて、つい上を見上げてしまう。視線を下げると、中央に大きな階段があり、上に向かって左右に広がるように伸びている。踊り場の肖像画が見えた。すごく髭の立派な険しい顔をしたおじさんが描かれていて、ガヤ男爵だろうかとびびってしまう。
わたしの視線を見ていたようで、スウさんが
「あのお方はこのお屋敷を建てられた頃に、この地を治めていたジョバンニ・ガヤ様です。建てられた頃から、ずっとあの場所に飾られているそうですよ。すみません、わたくしはルドリア様に呼ばれているそうですので、少し離れますね」と耳打ちされた。気づくと周りに10人くらい人が立っていた。そのうちの1人がこちらに近づいてきて、
「ルーと申します。ガヤ男爵の元までご案内致します。」と初老のいかにもベテランと思われる男性が頭を下げた。
わたしも慌てて頭を下げる。ルーさんが歩きだしたので、わたしも慌ててついていく。さっき見ていた肖像画に向かって階段を上り、右側に広がる階段の方へ登っていく、ワイン色のカーペットが敷かれた長い廊下を歩くと、上に応接室と書かれた大きなドアが見えた。その前でルーさんは立ち止まりノックをして、
「ルーです。養子の方を連れてまいりました。」
と声をかけた。
「入りなさい。」
と扉の奥から声がすると、ルーさんはその扉を開け、私を奥に促した。私は何か話さなくてはと、テンプレートのような文を口に出す。
「はじめまして、お初にお目にかかります。シルビアと申します。」
と頭を下げる。声が震えてしまったが言い切った。
男爵が、穏やかに
「顔を上げなさい。ようこそ我が屋敷へ。どうぞそこの椅子に座りなさい。」
と促され、緊張しながら、シルビアは言葉のままに椅子に腰掛ける。ふかふかだ…
「スウから聞いているよ。スウがとても気に入っているようだから、会えるのをとても楽しみにしていたんだ。あらかた聞いているとは思うけど、貴方を養子として迎えさせてもらいたい。でも、こんなに可愛いお嬢さんだとは…君に仕えるスウを見たら、ルドリアがさらに発狂してしまうかもしれないな…んー、それについては考えなくてはいけない。ルー、こちらへ来なさい。」
と、扉の近くに控えていたルーさんがこちらへ向かってくる。
「お呼びでしょうか。」
男爵がうなずいて、話し出す。
「ルーにルドリアにつくように頼んでいたね。スウがいない間のルドリアはどんな様子だ?」
ルーさんは、目を伏せながら、申し訳なさそうに答える。
「まだ、スウの名前を繰り返しておりました…よく寝れていらっしゃらないようで、食事も喉を通らないようです…今はスウがついているはずですので、落ち着いておられるとよろしいのですが…」
と答えた。
それを聞いて男爵は顔をしかめながら、
「んんん゛、そんなに心酔しているとは、今の今まで気づかなかったのが悔やまれるな…なにか半日ほど様子を見ていて、打開する案はないだろうか…」
ルーはソファーに座っているこちらを見て、また男爵に視線を戻して、
「ルドリア様が落ち着かれるまでは、シルビア様に男のふりをしていただくのは如何でしょうか?今のままでは、新しく屋敷に来られたシルビア様へ ルドリア様が八つ当たりされる可能性がございますし…」
男爵もそれは妙案とばかりに、
「たしかに…ルドリアにとってシルビアが弟のようになり、弟に仕える執事がスウとなれば、仲良くやっていくことができて、ルドリアも穏やかに執事離れができるかもしらないな…シルビア、どう思う。無理はしなくていいからな。嫌なら嫌で別の案を考えるだけなのだからな。」
とこちらへ視線を向けてくる。
シルビアはそう言われてしまっては新入りの自分は従うしかないだろう
「とてもいい考えだと思います!ルドリアお嬢様のことは、まだお会いしたこともございませんし、よく存じ上げないのですが、仲良くしていきたいと思っております。わたしが男装するだけで、全てがうまくいくのでしたらそうさせていただきます。なんと名乗ったらよろしいですか。」
男爵は考えこんだ。
「せっかくだし、わたしが名付け親となろう!息子が産まれたら付けたかった名前があったのだ!アンジェロはいかがか?」
元の面影もない名前だが、心機一転すると思えば良いかもしれない…住まわせていただく身、覚悟を決めよう。
「はい!とても良い名前です!アンジェロ!よろしくお願いいたします!」
そこで、ノックの音がした。
「遅くなりまして申し訳ございません。スウでございます。」
男爵が、アンジェロの返答を聞いて満足そうな顔をしながら、
「入りなさい。」
扉が開いてスウが入ってきた。
「はぁ、はぁ、遅くなり、申し訳ございません。ご紹介は済んだみたいですね。」
男爵が、
「よいよい、ルドリアの様子はどうだ?」
「落ち着いたようでして、軽食を召し上がられた後、今はベッドで休まれています…。」
それを聞いてほっとしたように男爵は、今までの話を伝える。
「シルビアには、自室を離れる際はアンジェロとして男装してもらうことになった。」
その言葉を聞いて、スウは愕然とした顔をしている。
「男装ですか…そこまでする必要はあるでしょうか…」
「気持ちは分かるが、ルドリアとスウを急に離して、さらにこの可愛らしいお嬢さんとスウが一緒にいる様子を、ルドリアが見たらどうなるかわかったものではないし…最悪、危害を加える可能性もあるだろう?これが一番最善の策だと思う。他に良い案があるのか?」
危害という言葉を聞いては、今のままでは危険だということも重々承知できるし、他に良い案も思い浮かばない…
黙り込んだスウを見て、男爵は納得したととり、シルビアを見て、
「シルビア。今日は、慣れない環境で疲れただろう?部屋は用意してあるから、ゆっくり過ごしなさい。急に知らない人に仕れても、休まないだろう。スウが側にいて案内してやりなさい。ルドリアが目覚めるまではルーがルドリアの側についてなさい。目覚めて、また、スウを求めるようであれば、お互い交代しなさい。私は執務室に戻る。」
と周りの使用人を従えて、部屋を出ていく。
ルーも、こちらに頭を下げて部屋を出て行った。
スウは、まだ動揺しているのか少しぎこちない笑顔をこちらへ向けて、
「さあ、部屋へご案内致しますね。シルビアお嬢様。
私と2人の時は、こう呼ばせてください…」
と縋るような目を向ける。そしてドアを開けた。
シルビアはその目を見るとお嬢様はできればやめてほしいとはとても言えそうになかったので、腹を決めた。
「はい!構いませんよ!でもこんがらがりそうですね!部屋楽しみです!早くいきましょう」と笑いながら部屋を出た。
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