約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 やっぱり私なのかと思っていると、先に近付いた雪哉がそのリングファイルを持ち上げてしまう。容量いっぱいまで資料が挟み込まれたファイルはそれなりに重たい。手伝ってくれるなら確かに助かるけれど、部署どころか本来会社も違う人にそんな雑用をさせてもいいのだろうか。

「イケメンが愛梨を女の子扱いしてる……!」

 そのやり取りを見ていた崎本課長が、口元を押さえて感動したように呟いた。いつも愛梨を可愛がってくれる上司の言い方は、まるで他が愛梨を女の子扱いしないような口振り。

 けれど実際にそうだ。このやり取りは課内の全員の耳に届き、全員が気付いている筈なのに、雪哉以外に誰も手を貸そうとする男性社員はいない。

「課長。泉も上田を女子扱いしますよ」
「アイツは彼氏なんだから当然でしょ。そうじゃなきゃ、私が別れさせるわ」

 崎本課長の清々しい口調に、前田先輩が噴き出した。

 崎本課長は、基本的に男女不平等だ。時代に合っていない事は自覚しているらしいが、シングルマザーの彼女は元夫と離婚する際に一悶着あったらしく、男性に対してやや厳しい節がある。

 同じマーケティング部だが課が違う弘翔にも、可愛がっている愛梨の恋人と言うだけで適度に厳しい。愛梨の事を尊重できないなら弘翔とは別れさせる、とあっさり言い放った崎本課長には何も言い返さず、

「行ってきます」

 とだけ呟いて、部署を後にする。

 これ以上、愛梨の所属課の愉快なやりとりに雪哉を巻き込みたくはない。と思っていたが、資料を持って後をついてきた雪哉はやけに上機嫌だった。

「市場調査課の課長さん、面白い人だな。頷きそうになったよ」
「頷かないでよ」
「家族には言ってないけど、部署では公認の仲なんだ?」

 雪哉の問いかけに、愛梨は黙ることしか出来ない。
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