約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
知りたくない答え
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「あれ、愛梨が届けてくれたの?」
崎本課長に依頼された書類を持って通訳室に赴くと、雪哉が1人で仕事をしていた。先ほど社内で友理香の姿を見かけたので友理香の出勤日でもある筈だが、今は姿が見当たらない。
「展示会の資料?」
「うん、多分」
新規プロジェクトの一環で、商品を売り込むために近々展示会に出展するらしい。プロジェクトメンバーではない愛梨は、展示会が開かれる場所も、どの商品を対象にして、誰が赴くのかさえ正確には把握していない。
けれどたった1度のやりとりを見ただけで雪哉と仲が良いと認識したのか、崎本課長は愛梨に書類の配達を依頼してきた。
「ところで愛梨。この前、連絡したのに返事なかったけど、何かあった?」
愛梨も次の新商品開発時期に合わせて、膨大なデータとの戦いが本格的に忙しくなる時分だ。早く戻って自分の作業の続きに取り掛かろうと思っていたのに、雪哉にあっさりと掴まってしまう。
面と向かって会うのは資料室での一件以来なのに、雪哉が平然としている事が不思議で仕方がない。愛梨は怒ったらいいのか、悲しんだらいいのかも分らないというのに。
「何もないよ。弘翔の家にいただけ」
口にすると、無性に弘翔に会いたくなった。それが雪哉から逃げ出したいと思っている感情の裏返しだと自分でも気付く。
「そう」
その返答を聞いてつまらなさそうに呟く雪哉の声が、また周辺の温度を下げたように感じる。
雪哉が愛梨の事を好きだと言ってくれたのは、確かに嬉しかった。けれど愛梨の中で優先順位が高いのは弘翔であって、雪哉ではない。だからその告白を嬉しいだなんて思ってはいけない。答えは出ているから、自問自答が始まっても深追いはしない。
雪哉の言動にこれ以上振り回されたくないから。矛盾に、気付きたくないから。
「ユキ、もう連絡してこないで欲しい。弘翔に浮気だって勘違いされたり責められるようなことしないって、言ったよね? なのに一緒にいる時に連絡来たら、不快な思いさせちゃうから」