約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

怒る理由と怒れない理由


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 ノック後の返事も待たずに通訳室の扉を開けると、やはり想像通りの状況になっていた。

 扉を開いてすぐのところで向かい合っていた2人が、愛梨の入室に気付いて視線を向けてきた。だが愛梨の登場を気にしている場合ではないようで、雪哉にも友理香にも声を掛けられることはなかった。

「友理香。どういうつもりか説明してくれる?」

 はぁ、と溜息をついた雪哉が腕を組んで友理香に視線を戻す。友理香は雪哉の部下というわけではない筈なのに、既に説教が始まってしまっている。

「俺たちはここに通訳として雇われてるんだ。あの場でクライアントを放置して職務放棄するなんて許されることじゃない」

 その言葉に思わず息を飲む。
 雪哉は一連の出来事を全て見ていたわけではない。それでも愛梨が置かれていた先程の状況を的確に言い当てた。

 友理香は英語で話しかけられたのに、知らないフリをして『わざとに』愛梨を放置した。不自然なほどに黙ってしまった友理香を目の当たりにして、愛梨ももしかして、と思った。そのぐらい友理香の感情はわかりやすかった。

 けれど心のどこかでそんなことをするはずがないと思っていた。なのに雪哉は状況を見ただけで全てを理解し、あっさりと『そんなこと』をしてしまった友理香の軽率さを咎めた。

 友理香がどうして『そんなこと』をしたのか。その気持ちが分かっているから、愛梨は友理香を責める気にはなれなかった。

「友理香ちゃんを責めないで。きっと、ちょっと具合が悪くなっただけだよ」
「愛梨、庇わなくていいから」

 名字で呼んだことも、愛梨が口を出してきたことも、今の雪哉は気にしていない。苛立つ雪哉に対して、友理香はスカートの端を握りしめたままずっと俯いている。
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