約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「弘翔も優しすぎるって言われない?」
「そう? 別に優しくはないぞ?」

 そう言った彼は、自分の人柄には無頓着らしい。最後の白米と味噌汁を流し込んだ弘翔が、箸をおいてじっと雪哉の顔を見つめる。まだほとんど食べていない雪哉のトレーの上を見た弘翔が、何かを思いついたように顔を上げた。

「あの子の作った飯、食った事ある?」
「……いや、ないけど」

 愛梨、ご飯なんて作れるのだろうか。そう言われてみると料理を食べたことは無いし、作っている姿を見たこともない。けれど愛梨と約3か月間恋人同士だった弘翔は、その味も姿も知っているようで。

「好きなもの言ってみたらいいよ。何でも作れるし、結構美味いから」
「……」
「っていう元カレ面する程度には、俺も優しくないよ?」

 どこが優しくないって?
 ……十分に優しい。

 弘翔と話すまで、自分は『勝った』側だと思っていた。だが、話してみてわかった。雪哉は弘翔に『勝った』訳ではない。愛梨の事を思って『勝ちを譲られた』側だ。

 それを悔しいとは思わない。愛梨に選んでもらえたなら過程など些末事だ。ただまた1人、その優しさに焦燥感を覚えるだけで。

「あ、そうだ。再来週から始まるビジネス語学講習会。プロジェクトメンバー以外でも受けれるって聞いたから、俺も希望出して受けることになったから」
「は……?」
「読み書きはある程度なら出来るけど、全く話せないんだ、俺。だからお手柔らかに頼むな、雪哉?」
「……」

 笑いながら立ち上がって、颯爽と去っていく背中を見送り、更なる焦燥感を覚える。

 泉 弘翔は、余裕があって優しい。
 包容力の高い男性だ。

「愛梨は優しい人が好きだからな……。俺も優しくしてるつもりだけど……」

 弘翔には適わないと思う。
 だから今、愛梨を泣かせたり傷付けたりしてそこに弘翔が手を差し伸べたら、今度こそ本気で愛梨を奪われてしまう気がする。もちろん愛梨が簡単に靡くような軽い女の子だとは思っていない。けれど。

(喧嘩だけはしないようにしないと……)

 つい苦笑いが零れる。彼のような男性が自分の恋人と同じ職場にいるというのは、中々気が抜けないから。


 ――― Fin *

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