約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 昏い思考に沈んでいると、聞き慣れた声がした。はっとして顔を上げると、先輩の浩一郎がテーブルの近くに立っている。見ると彼の手には、大きいマグカップが1つ握られていた。

(こう)さん」

 名前を呼ぶと、頷いた浩一郎が雪哉の目の前に腰掛けてきた。トンと置かれたマグカップの中を見て、思わず顔を歪める。

 浩一郎は朝と夜にたくさん食べて、昼は食事を摂らないスタイルを何年も続けており、昼食を食べる姿はほとんど見た事がない。

 だが双方向から飛んでくる言語を拾い、別の言語に変換し、投げ返すタスクを延々と繰り返す『通訳』の仕事は、脳が相当のエネルギーを消費する。仮に腹は空かなくても、糖分は絶対に欠かせない。だから浩一郎が飲むのは、今日も大容量の甘いラテ。の上に、ホイップクリームとチョコレートソースとパウダーシュガーをトッピングした、甘党女子も青ざめるほどのハイカロリー飲料だ。

「どうだー? お堅い連中は」

 浩一郎が口にする飲み物は見ているだけで胸やけがするが、仕事もそれと同じ程げんなりする現状だ。

「はぁ、なかなか曲者揃いですね。結構なスケジュール組んでる割に、当り前のように別案件投げてくるんで、既に殺意湧いてます」

 浩一郎や友理香は必要に応じて出勤日が組まれるサブ契約だが、雪哉だけは常時会社に留まり仕事をこなす専任契約だ。溜め息交じりに答えると、浩一郎が愉快そうに笑い出した。

「アハハ。お前腹黒いから、そこんとこは上手くやれるだろ」
「腹黒くはないです」
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