花鎖に甘咬み
「ほら、“異端の黒” に頭突きしたり急所蹴り飛ばしたりやってたろ。あーいうのだよ」
「い、今っ?」
「今やらなくていつするつもりだ」
「で、も……」
その間にも耐えず、銀色の刃が上下左右ありとあらゆゆる方向から飛んでくる。
花織さんが真弓との間合いを一段と詰めた。
「いいか。俺はちとせの大胆さを買って、賭けに出ようとしてんだよ。賭けなんだからさっさと乗れ」
「お、横暴じゃないっすか……!」
思わず口調が乱れる。
そんな私に真弓はくつくつと喉を鳴らした。
「3つカウント、そのあとのゼロで仕掛けろ。隙が生まれたらそのあとは俺がどうにかする」
「……わ、わかった」
「────いい子だ」
低く甘やかすような声に、そんな場合じゃないのに心臓がどくっと音を立てた。真弓の声って、なんだか、心臓に悪い。
だめだめ、今は、そうじゃなくて。
うっかり逸れてしまいそうだった思考回路を軌道修正。とにもかくにも、腹をくくった。
「3」
「俺は、〈赤〉じゃないマユマユなんて────」
「2」
「大ッ嫌いなんや。……そうやな────」
真弓の冷静なカウントダウンと、花織さんの怒気を帯びた声が入り混じる。
「1」
「この手で殺してやりたくなるくらいには」
すう、と息を吸う。
ふいをつく、なんて、奇襲、なんて私にはこれくらいしか。
ゼロ、のカウントと同時にお腹の底から声を張り上げた。
「誰が “オジョーサマ” ですってぇぇええええ!? こちとら裸足で家出ぶちかましてきた家なき子なんじゃいぃぃぃい!! オジョーサマなんて二度とごめんだわぁああああ!!!!」
ごきげんようで鍛え上げた肺活量、再来。
突然叫んだ私に、花織さんは虚をつかれたように、ぽかんと口を開く。でも、それだけでは足りないかもしれないと思って。
胸元のブローチに手をかける。
ブツッと引きちぎって、衝動のままに振りかぶって────フルスイング。
「……っ!」
ゴツンッと鈍い音。
ぶん投げた銀のすずらんのブローチは、きれいな弧を描いて、花織さんの額にクリティカルヒットした。
ナイスピッチ、私。
もしかして人生が色々、色々ちがっていれば、私、甲子園球場のマウンドに立っていたかもしれない。
そう思うくらい、完ぺきな投球───ならぬ、投ブローチだった。