「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
黒歴史は突然に

 親という生き物を、別にナメていたわけではない。わけではないのだけれど、あらゆる可能性を考慮しなかったのは私の甘さだ。

「お」
「え」
「詩乃ッ!」
「っ、ちょ」

 あの電話があった日からおよそ二ヶ月。二度ほど母親から連絡はあったけれど、見合いや恋人について一切触れなかったから分かってくれたのだと安心しきっていた私に体当たり経由のハグをかましたのは、会社のエントランスで受付嬢相手に和気藹々(わきあいあい)としていた男だった。
 内線でお客様だと呼び出され、はいはーいとエレベーターに運ばれたどり着いたそこに足を踏み入れるや否や、タイミング良く受付嬢から私へと視線を動かしたその男が獲物を定めた肉食動物が如く機動力で飛びかかってきたものだから呆気に取られたのは不可抗力以外の何物でもない。

「詩乃ッ。詩乃詩乃ぉ~!何。お前、すげぇいい女になってんじゃん。びっくりした」

 誰だ、こいつ。
 ぎゅうぎゅう締め付けてくる男の腕をべりっと剥がして顔を見るも、直近の記憶の中で該当する人物はいない。つまりこいつはただの変態だ。
 ちょ、警備員さぁん!

「あれ?もしかしてだけど、詩乃……俺の事、分かってない感じ……?」
「……」
「まぁ仕方ねぇっちゃ仕方ねぇよな。あれから十年近く経ってるし」

 十年。
 年数を表すその単語に、警備員さんを呼ぼうと開きかけた口は音を吐き出す事なく閉じる。
 十年。
 ざっと逆算して、高校生の頃だ。しかしこんな、騒がしくて軽薄な男が自分の知り合いの中に居ただろうか。いや、居ない。なんなら高校ではあまり異性と関わりをもたなかった。クラスメイトにでさえ、必要以上に関わりはしなかったのだから。

「……あ、」
「お。思い出してくれたか?」
「まさか、あんた、」

 いや誰だこいつ。
 二度目のそれを脳内で吐き捨てて、もう一度、男の顔を凝視すれば、不意に中学の卒業アルバムに載れなかったあの男の名前が浮かぶ。

「て、つ……?」

 それをそのまま音にすれば、男はにかっと白い歯を見せながら笑った。

「正解ッ!」

 好きです、と。受験生だというのに愛だの恋だのにうつつを抜かし、人生初の告白をした私に「すっげぇ嬉しい」とはにかんだあの日と、同じ笑顔で。
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