Summer Day ~夏の初めの転校生。あなたは誰?~
7月のシルエット
 授業が終わると、加賀くんが声をかけた。
「今日は、ダンス練習の日だぞ~!」
加賀くんたちのチームはダンス発表会で優勝したので、文化祭での舞台がある。そのために、ダンスが鈍らないよう、一週間に一回はチーム全員で合わせることにしていた。加賀くんはダンス練習の日だけ、部活には遅れて参加している。
「まなみ!小沢!おれ、今日ダンスだから少し遅れる!」
部活に向かうまなみと奈津に向かって、加賀くんは少し自慢げな様子で言った。
「オッケー!」
と言ってマネージャー二人は手を挙げた。奈津は廊下に向かいながら、机で帰り支度をしているコウキをさりげなく見た。教室を出る時に振り返ると、奈津は教室に残っているみんなに、
「じゃあ!明日ね!」
と言って手を振った。そう、コウキを含めたみんなに・・・。教室のみんながそれぞれ奈津に、
「じゃあね~!」
と言った。鞄に教科書を入れる手を止めると、コウキも奈津の方を見た。そして、
「また、明日!」
と言った。優しい笑顔だった。それはただの友達同士のあいさつ?それ以上でもぞれ以下でもない?奈津は、津和野でコウキと過ごした時間を思い出した。あのドキドキしながらも居心地のいい彼と居る時間・・・。人前であんなに泣いたのも初めてだった・・・。でも、あれはあの時だけの幻・・・?奈津はコウキに笑顔を返すと、前を向いて唇を噛んだ。コウキに訊きたい。でも、何ひとつ訊けない・・・そんな自分を不甲斐なく思いながら奈津はグランドに向かった。
 「サッカー部に行くんだな・・・。」と思ったコウキは、そんな当たり前のことを改めて思った自分が可笑しかった。「マネージャーなんだから行って当然。」そんな風に自分に言い聞かせているのもなんだか可笑しかった。奈津への気持ちを隠さないでぶつけてくる中山悠介・・・。それなのにぼくは、奈津に何が言えるだろう・・・。その答えは、「何も言うな。」だった。・・・奈津と凛太郎と過ごした時間は本当に幸せだった。そして、その時間が背中を押してくれ、勇気を出そうと決意した自分がいる・・。でも、それはイコール・・・奈津とはこのままクラスメートでいる・・・と決めたと同じことだった。・・・いなくなるぼくが、何か言っていいはずはなかった・・・。

 「タムラ!お前、今から時間ある?」
加賀くんが鞄を肩にかけ帰ろうとしているコウキに声をかけた。
「ん?特に用事ないから、時間はあるっていえばあるけど?」
コウキはキョトンとして答えた。
「良かった。他の奴、塾とか部活とかで時間ないって言うからさ。じゃあ、今から、ダンス練習すんだけど、このアプリで曲かけるから、止めたり戻したりするのやってくんない?オレが止めて!とか、戻して!とか言うから。練習しながらそれすると、時間食っちゃって。」
と言った。コウキはちょっと考えたが、鞄をおろしながら、
「まあ、そんくらいなら、いいよ。」
と少し戸惑ったように答えた。
「わ、助かる!じゃあ、さっそく、机よけて始めようや!」
加賀くんはそう言うと他のメンバーたちと、窓際側の机をザーッと廊下側によけると、教室内に練習スペースを作った。教壇側の机に軽くもたれかけたコウキに加賀くんはスマホを渡した。
「これでかけて。」
コウキはスマホを受け取ると、スマホの画面を見た。それから、みんなを見た。
「オッケー。じゃあかけるよ。」
その言葉を合図に、みんなは最初のポーズをすると、
「よっしゃ!始めて。」
と言った。コウキはBEST FRIENDSの「STORM」をかけた。一躍BEST FRIENDSをメジャーに押し上げ、ヒロのダンスも話題を呼んだあの「STORM」を。

「よ~し!今日は終わりー!」
と加賀くんが言った。教室にはクーラーがかかっていたが、みんなは汗びっしょりだった。
「加賀、あの難しいダンスのところ、だいぶ本人みたいにできだしたんじゃね?おれ後からしか見てないからさ、ちょっと前から見てもいい?」
とメンバーの野中くんが言った。
「え?まじ?見てくれる?おー、サンキュー!」
加賀くんは嬉しそうに両手を挙げて喜んだ。そして、帰ろうと動き始めていたコウキに声をかけた。
「タムラ、悪い!もう一回オレがセンターに移動するところから流してくれる?あ、どの辺か分かる?」
加賀くんは、コウキをダンス練習に付き合わせたことを少し反省していた。コウキは明らかにダンスには興味がないらしく、練習中一言も発せず、笑いもせず、ほとんど無表情でダンスを見ていた。ただ、加賀くんが声をかけると、言われたことは的確に作業してくれた。今も、コウキは何も言わず、加賀くんが踊ろうとしている部分の少し手前のどんぴしゃりのところから再生を始めた。加賀くんは「ごめん!」とコウキに手で合図を送ると、練習に練習を重ねたヒロのパートを踊り始めた。
「おお~!!」
加賀くんのダンスを見て、メンバーたちは拍手喝采した。以前に比べるとかなり動きが繊細になっている。加賀くんはダンスをし終わると、拍手をして喜んでくれているみんなに、少しはにかみながら、
「サンキュー。」
と言った。加賀くんがみんなとワイワイ話している間をぬって、コウキが傍までやってきた。コウキは加賀くんにスマホを差し出すと、
「上手だった。」
と一言だけ言った。今まで何も発しなかったコウキの初めてのコメントだった。
「あ、ありがと。なんか、メンバーじゃない奴に言われると照れるな。でも、やっぱ、なんかもたつく。なかなか本人みたいにはいかないわ。」
と加賀くんはスマホを受け取ると、頭をかきながら笑った。コウキは一瞬下を向いてから顔を上げると、
「いや・・・。本人以上だ・・・。」
と言った。コウキは真っ直ぐ加賀くんを見ていた。その目を見て、なんとなく不思議な感じを受けた加賀くんが何か言おうと、口を開けた瞬間、スマホを片手に近藤くんが大きな声をあげた。
「わ!やっば!ヒロすっご!!」
「え、何々、ヒロ、韓国帰ったん?」
加賀くんは、すぐ反応してそう訊いた。コウキもキョトンと近藤くんを見た。
「いやいや違う!なんか、あの女優がヒロとの関係はキス以上!みたいなこと言ったっぽい。ヒロってまだ高校生だろ?やっば!うわ!相手、まじ美人!」
近藤くんがそう言い終わるか終わらないかのうちに彼の手からスマホが乱暴に奪い取られた。コウキだった。奪い取ったスマホの画面をコウキは食い入るように見つめた。表情がだんだん険しくなる・・・。そこにいるみんなにも分かるくらいに。
「え・・・?どした?・・・タムラ、その女優のファンとか・・・?」
そう加賀くんに声をかけられ、コウキは我に返った。周りを見渡し、周りの空気を感じ取ったコウキは慌てて「アハハ」と笑うと、
「ごめん!そうそう。ドラマ見て、ちょっといいな~と思ってて。うわ!まじ、ショック!!」
と頭を抱えてみせた。そして、スマホを近藤くんに返すと、コウキはまた「ハハハ。」と笑った。相変わらず、変な空気がその場に流れる・・・。その空気を壊したのは野中くんだった。
「ちょっと急ごうぜ!おれ、塾あるわ!」
と時計を見て言った。それを聞いて、加賀くんも急に思い出し、
「おーそうだった。オレも部活行かなきゃ!やば、こんな時間になってる!マネージャーに怒られるわ!急いで机直そうぜ!」
と号令をかけた。みんなが一斉に動き始めようとした、その時、コウキが、
「あ・・・、ぼくやっとくよ・・・。」
とボソッと言った。
「今日、時間あるし、ボチボチやっとく・・。」
コウキの申し出に、加賀くんが、
「いいよ。タムラにだけ押しつけたりせんよ。みんなでやろうぜ!」
と言うと、コウキはそれを遮るように、
「いいって。やっとくって!!」
と強めの口調で言った。そのちょっと怒気を帯びた声にみんなは少しひるむと、
「そ、そうか?」
と顔を見合わせて、「なんで不機嫌なんだ?」というような顔をした。でも、急いでることもあったので、
「じゃあ、言葉に甘えるか。」
と言いながら各々の鞄を持つと、
「悪いな。ありがとな。」
とコウキに声をかけ、廊下に出て行った。加賀くんもみんなと一緒に教室を出た。クーラーのきいた教室から廊下に出ると、ムワンとした熱い空気が体を覆った。加賀くんは教室の戸に手をかけた。でも、何かが気になり、戸を最後まで閉めず、もう一度教室の中を見た。コウキは机を直すでもなく、直立不動で立っていた。「あんなに不機嫌になるほどあの女優が好きって、どんだけ?」加賀くんは首をかしげると、その場を後にした。ただ、直立不動のコウキの佇まいが目の奥に焼き付いた。それはどこかで見たことがあるようなシルエットだった。

 「おっそい加賀!」
練習着に着替えて走ってきた加賀くんにまなみが容赦なく言った。加賀くんは、
「わりぃ。」
と言って、練習している輪に向かった。
「そうだ!あとで昼休みに貸した数学のノート返してよ!」
奈津が思い出したように走って行く加賀くんに声をかける。問題の解法を写させてと言うので、貸していたのだった。
「あ!やっば!忘れんようにと思って机の上に置いたままだ!」
加賀くんの言葉に、
「数学、明日までの宿題出てたよね?もう、ノートいるでしょ!!」
と奈津は少しお怒りだった。でも、今からチームはゲーム形式の練習に入ろうとしていて、それには加賀くんが必須だった。
「もう!わたしが取りに行って来るから、練習入ってて!机の上ね?」
奈津がそう言うと、加賀くんは、
「そう!オレの机!」
とすまなそうに言うと練習の輪の中に入っていった。
「ごめん!さっと教室まで、ノート取りに行って来る!」
とまなみと詩帆ちゃんに声をかけると、奈津は校舎の方に向かって走り始めた。

 今、自分に何が起こってるんだろう・・・。自分はそんなに悪いことをしただろうか・・・。ただ、仲間と毎日練習してただけじゃなかったっけ?真っ白なみんなの中で、薄汚れた色をまとってしまった自分が許せなかった・・・。その汚れた色がみんなまでも染めていってしまう・・・そのことがたまらなかった。そんなの大丈夫!って言ってくれるみんな・・・。それなのに、そんなみんなまでも大きなうねりに巻き込んでしまった・・・。ぼくがいなくなれば、このうねりはなくなるのだろうか・・・。そう思ったんだ。でも、ごめん・・・。それは自分が逃げただけだった・・・。ただただしんどくて、もう嫌で、あのうねりから自分だけ出たんだ・・・。
 みんな・・・やっと勇気が出てきたとこだったんだよ・・・。でも、どうしよう・・・。今、また、ぼくは真っ黒だ・・・。薄汚れているどころじゃない。頭からつま先まで真っ黒になってしまった・・・。もう、戻っちゃいけないよね・・・。
 ダンスや歌・・・パフォーマンスをするのが楽しくて好きだった・・ただそれだけだったんだ・・・。

 コウキは知らないうちにステップを刻んでいた。さっき聴いた大好きな「STORM」が頭の中で流れる。もう何も考えたくなくて体だけ懸命に動かした・・・。
 奈津は額の汗を拭いながら3階まで来た。
「もう!絶対マネージャー3人分のアイスおごってもらうから!」
ブツブツ言いながら3組の前まで来ると、他のクラスは廊下の窓もドアも開いていて誰もいないのに、3組だけは締めきってあった。
「まだ、誰か残って勉強でもしてる?」
奈津は邪魔しないように静かにドアに近づいた。すると、ドアが少し開いていたので、そっと覗いて、中の様子を確認してみた。すると、夕日を浴びたシルエットが目に飛び込んできた。そのシルエットは加賀くんと同じダンスをしているようだった。でもその動きは、奈津が見たこともないくらいとてもしなやかで、力強くて、繊細で、そして綺麗だった・・・。奈津はそのシルエットの動きにどんどんどんどん引き込まれ、ただただその場に佇むことしかできなかった・・・。
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