やがて春が来るまでの、僕らの話。


「ハナエちゃーん」


少し暇な店内で、バーカウンターの近くにいるハナエちゃんを呼ぶ。


「どうしたの?」

「今日律くん実家行ってていないんでしょ?」

「うん」

「じゃあさ、帰りちょっと付き合ってくんない?」

「うん?」







仕事帰り、2人で店を出て、2人で車に乗り込んだ。

行き場所は、俺がいつも1人で行く街外れにある静かな丘。

そこは車で住宅街を抜けて、長くて急な坂道を登って2分くらい歩いたところにある丘だ。

てっぺんに1本の木が立っていて、さっき走った住宅街も、もちろん俺たちが働く賑やかな街も、全部がおもちゃみたいに見下ろせる静かな場所だ。

体が疲れたときじゃなくて、心が疲れたときに俺はよくここにくる。

静かでいいんだ、この場所。


「すごい静か」

「でしょ?」


3月のまだ寒い空の下、丘の上に座りこんだ。

< 229 / 566 >

この作品をシェア

pagetop