獅子に戯れる兎のように
【12】猫が獅子へと豹変する時
 一時間残業し仕事を終え、ロッカールームで着替えを済ませる。

 留空は望月さんに逢ったのかな?

 残業したため、留空が望月との待ち合わせ場所に行ったのかどうか、私にはかわからないけれど。陽乃のお節介な行動が、いい方向に転ぶことを願うしかない。

 本社を出て少しすると、上空の空模様がどんよりと黒い雲に覆われ、突然のゲリラ豪雨。

 今朝は晴天だったため、傘も持たない私は駅まで走る。

 こんな時に限って、パンプスのヒールがポキッと折れた。

 どしゃ降りの雨の中で、無様に転倒する私。最悪を絵に描いたような構図だ。

 恥ずかしくて顔を上げることも出来ず、ヒールが折れたまま、豪雨の中をぎこちなく歩く。

 稲光が空を斬り裂き、思わず首を竦めたが、片方ヒールがないパンプスで走る気にもなれず、恐怖に身を縮める。

 スッと背後から傘が差し掛けられ、腕を捕まれた……。

 以前も……
 こんな雨の中で傘を差し掛けられたことがある。

 見上げると黒い傘……
 傘を持ち立っていたのは……。

「……日向さん」

「ずぶ濡れですね。どうしたんですか?そのヒール……」

「カッコ悪いよね。折れちゃった」

「そのままでは風邪引きますよ」

「いいよ」

「よくないよ」

 日向はタクシーを停め、私を後部座席に乗せた。ヒールの折れたパンプスを脱がせると、自分の革財布からお札を抜き出し運転手に渡す。

「これで汐留までお願いします」

「日向さん、お金なら私が……。そのパンプスどうするの?」

「パンプスとヒール預かりますね。先に寮に帰ってて下さい。運転手さん車出して」

「えっ?」

 タクシーのドアが閉まる。
 私は、雨の中でパンプスを持ったままタクシーを見送っている日向を、唖然としたまま見つめた。
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