獅子に戯れる兎のように
【14】気まぐれな獅子に惑う兎
 忘れたくて、リセットした記憶が……
 生々しく甦る。

 私は高校生の日向に……
 唇を奪われた。

 あの時のキスは……
 乱暴な態度をとっていたのに、優しいキスだった。

――『川と海で生息する魚が、何処かで合流したら、それも運命かもな』

 日向は私にそう言ったんだ。

――『あんたと俺の赤い糸、もう絡まってるかも』

 そんなバカみたいな言葉を、確かに囁いた。

 日向はとっくに気付いていたんだ……。

 私があの時の家庭教師だということを。

 だから……
 あの雨の日、私の部屋に押しかけキスをした。

 トクトクと鼓動が速まり、いたたまれなくなる。

「……ごちそうさまでした」

 持っていた缶ビールをバルコニーに置き立ち上がる。

「俺から逃げんの?あの時みたいに」

 姿は見えない。
 少し乱暴な口調が、私を過去に引きずり戻す。

 日向と小暮の顔が交互に浮かんだ。

 室内に入り窓を閉め、一気にレースのカーテンを閉めた。ビールの缶がポツンとバルコニーに残されている。

 日向は私に何がしたいの?
 私との過去をネタに、私を脅したいの?

 フローリングの床にペタンと腰を落とす。

 爽やかな笑顔の下に、獅子《ライオン》の本性が隠されている。

 ブーブーと携帯電話がバイブ音を鳴らし、ビクッとした。

 携帯電話の画面を見ると……
 木崎だった。

 過去に背を向けるために、私は携帯電話を手に取る。一度は日向の甘い言葉とキスに気持ちは揺れた。

 でもそれは……
 日向が私のことを覚えていないと思っていたから。

 ブーブ―……
 ブーブ――……

「はい。雨宮です」

『雨宮さん、こんばんは。木崎です。夜分にすみません。風邪で長期休暇を取られていたと聞いて、心配で心配で……。風邪は万病のもとといいますからね。安静が一番ですよ。もう仕事復帰して大丈夫ですか?』

 医師らしいセリフに、思わず口元が緩む。
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