獅子に戯れる兎のように
【16】獅子に抱かれた夜
 エレベーターに乗っているのは、木崎と私、日向と数名の男女。

 木崎は何を思ったのか、突然私にこう切り出した。

「雨宮さん、まだ時間いいですか?」

「……ぇっ?」

 日向は数名の男女を挟んだ前方に立っている。

 数名の男女は六階で降り、エレベーターの中は三人になった。

 木崎はそれを見計らうように、話を続けた。

「少し休んで帰りませんか。実は部屋を取ってあるんです。フロントで鍵をもらってくるのでロビーで待っていて下さい」

 木崎の言葉に日向の表情が変わった。

「……木崎さん」

 木崎の大胆な行動に、思わず言葉が詰まる。

 木崎と結婚前提で交際すると決めた私。留空の婚約を知り、木崎のはやる気持ちはわかる。

 でも……
 日向の前で言わなくても。

 エレベーターのドアが開き、私達が降りたあと、日向も後を続くように降りた。

 木崎はフロントに向かい、私は木崎に恥をかかせたくなくて、少し離れた場所で待つ。

 もし、日向とエレベーターで逢わなければ、私は木崎にその場で口実をつけて断っていただろう。

 キスもまだしていない木崎と私。結婚は相手の人柄や経済力だけではなく、体の相性も重要だということはわかっている。

 離婚原因のひとつに、性の不一致という言葉があるくらいだから……。

 私には、その自信はなかった。
 過去のトラウマが男女のそうした情愛を拒んでいる……。

 木崎に嫌われてしまうかもしれない。それ以前に、まだ恋もしていない相手と、そんな関係になっても本当にいいのだろうかと、不安が過る。

 木崎がカウンターにいる一分一秒が、とても長く感じられた。

 日向が早く立ち去ってくれたら……。

 そう思っていた矢先、日向に腕を掴まれた。
< 147 / 216 >

この作品をシェア

pagetop