獅子に戯れる兎のように

 小暮は私の手にしている求人雑誌に視線を向けた。

「バイト探してるの?このコンビニも今求人出してるんだよ。雨宮さんは経験者だし、ここで働かない?君なら優遇するよ」

 小暮は私が手にしていた求人雑誌を棚に戻す。

 小暮の左手の薬指が、きらりと光った。
 それはプラチナのリングだった。

 直ぐさま私の視線に気付き、笑顔を向けた。

「去年結婚したんだよ。来月子供も生まれる。驚いた?」

 小暮は周囲に誰もいないことを確認し、耳元で囁く。

「あの日を境に突然店を辞めるし、連絡取れなくなるし、心配したんだよ」

◇◇

 ――二千七年六月――
 カシャッと携帯電話が光を放った。
 ベッドの上で突然写真を撮られ、私は動揺する。
 更に追い打ちをかけるように、彼は冷たい言葉を浴びせた。

『お前、人形みたいだな。全然つまんねぇよ』

◇◇

 ――思い出したくもない言葉……。

 思い出したくもない光景……。

 コンビニの外は雨。
 あの日と同じ雨。

 雨足は次第に強まり、暗雲が空を埋めつくし稲光が不気味に光る。地響きのように、ゴロゴロと雷が鳴る。

 思わず両耳を塞ぎ、立ち竦む。

 小暮は私の腕を掴んだ。

 腕を捕まれた途端、雷に打たれたような衝撃が走り、フラッシュバックのように彼の冷たい横顔が脳裏を過ぎる。

 店員は私達に背を向け、商品を陳列している。店内に他の客はいない。
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