獅子に戯れる兎のように
「てめえ、やんのかよっ!」

「アン?ふざけてんのか!そっちが先にぶつかったんだろ!」

 数人の不良が一人の男子を囲み、他人の迷惑も考えず声を荒げる。

 混雑しているのだから、体がぶつかるのは仕方がない。私なんか他人の傘がスカートにあたり濡れている。

 でも私を含め、同じ車両に居合わせた者はみんな見て見ぬ振り。

 不良の喧嘩に拘わりたくないのだ。
 小競り合いが、次第に大きな声になる。

「次の駅で降りろや!」

 不良グループの一人が、彼の胸ぐらを掴んだ。彼はふてぶてしい態度で言葉を吐き捨てた。

「くだらねぇ」

「なんだと!」

 次の駅で、その学生は数人に腕や体を掴まれ、電車から引きずり降ろされた。

 多勢に無勢。
 不良同士の喧嘩とはいえ、どう考えても理不尽だ。

 直接声を掛け、喧嘩を仲裁する勇気はないが、気付けば私も同じ駅で降りていた。

 ホームの片隅で、不良に囲まれ再び小競り合いが始まる。彼の姿は足しか見えない。

 通行人の波に隠れ、不良達の脚や腕が振り上げられる。

 私はホームにいた駅員に、助けを求めた。

 駅員は躊躇することなく彼らに近付く。異変に気付いた他の駅員も後に続いた。

 私は人混みに紛れ、そっとことの成り行きを見守る。
< 4 / 216 >

この作品をシェア

pagetop