獅子に戯れる兎のように
【10】野良猫に餌を与えてはいけません
 ―金曜日―

 花菜菱デパート、社員食堂。

「それで毎朝二人でモーニングコーヒーしてるの?」

「やだ、変な言い方しないで」

「だって本当のことでしょう。月曜日から金曜日まで毎朝二人でモーニングコーヒーしていたら、それは噂も立つわ」

 陽乃は呆れたようにいい放つと、珈琲を口に含んだ。

 私と日向が毎朝寮の食堂で一緒に食事していることが、すでに陽乃の耳に入っている。

「社内恋愛するなら、もっと上手くしなさいよ。大人なんだから、わざと距離を置くとか、社員食堂でイチャイチャするなんて、中高生じゃあるまいし」

「イチャイチャしてません。私は好きで一緒に食事しているわけじゃない。注意しても向こうが……」

「日向さんが積極的にアプローチしてくるの?野良猫に餌を与えると懐くに決まってるでしょう。柚葉は懐かれて迷惑してるの?」

 迷惑……?
 二人での食事は他人の目もあり、落ち着かないしドキドキする。

「迷惑してるなら、いい方法があるわよ。柚葉が彼氏をつくればいいの」

「陽乃、インスタントラーメン作るみたいに簡単に言わないで」

「あら、簡単よ。三分もかからないわ」

 陽乃は制服のポケットから、名刺を取り出しトランプのように広げた。

「どれ引く?」

「やだな、ババ抜きじゃあるまいし」

「引かないなら、これね」

 陽乃は私の目の前に、木崎の名刺を置いた。

「実はね、木崎さんから柚葉とどうしてももう一度逢えるようにセッティングして欲しいと頼まれているの。木崎さんは医師だし、付き合う価値はある。これで日向さんも諦めるでしょう」

「なるほど、陽乃らしい解決策だ」

 美空は半ば呆れながらも、その策を否定しない。

「そういえば、留空、あれから歯科クリニックに行った?」
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