獅子に戯れる兎のように
【2】獅子の檻には入るべからず
【柚葉side】

 あの不良少年が生徒だなんて、正直家庭教師をする自信はない。

 向こうも私が家庭教師だなんて、気にいらないはず。きっと初日で断られる。

 寧ろ、断られた方がいい。

 居酒屋の女将に案内され、店内の隅にある狭い階段を上がると、そこには古びたドアが二つあった。

 女将はノックもせず、右側のドアを勢いよく開ける。

「勝手に開けんじゃねぇ!」

 ドスの効いた怒鳴り声と同時に、制服のブレザーが飛んで来た。

 その声に反応し、恐怖から体がビクンと跳ねる。

「喧《やかま》しい。また喧嘩したのかい?喧嘩する暇があったら、少しは勉強しなよ。父ちゃんも母ちゃんも学がないから苦労したんだ。だから陽には大学に進学して欲しいと思ってんだよ」

「チッ、余計なお世話だっつーの。親のエゴを俺に押し付けんな!」

「何言ってんだ!赤点ばっかとって、高校卒業も危ないくせに!高校は義務教育じゃないんだよ。留年の可能性だってあんだからね」

「うっせぇ。俺はヤれば出来んの。ただ、ヤる気が起きないだけ」

 女将は学習机の椅子の背もたれに、ブレザーを掛ける。

「陽に紹介したい人がいるんだよ。こちらは新しい家庭教師の先生。女の先生だからって、舐めんじゃないよ」

 女将はドアの外で隠れるように立っていた私に、視線を向けた。
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