獅子に戯れる兎のように
【11】猫にも野生の本能があります
「木崎さん、汐留まで送っていただけますか?」

「雨宮さん」

「こんな服装でオーケストラの演奏会だなんて、やはり場違いです」

「ドレスならプレゼントしますよ」

「いえ、どんなに着飾っても私はセレブにはなれません。私は陽乃みたいに臨機応変に振る舞える性格ではありません。ごめんなさい」

 正直にお断りすると、木崎は小さな溜息をはき微笑んだ。

「わかりました。今夜は汐留まで送ります。ですが、今度またお食事に付き合って下さいませんか」

「……木崎さん」

「先ほどの男性は雨宮さんの恋人ですか?」

「いえ、職場の後輩です」

「そうは見えなかったな。彼の眼差しは雨宮さんに恋をしている目だった」

「まさか……」

「私も三十過ぎた大人ですから、友人の一人で構わないとは言えませんが、雨宮さんにまた逢えるなら食事だけで十分です。二人きりが苦手でしたら、先日パーティーでご一緒したお友達を誘っても構いません」

「……木崎さん」

 真っ直ぐ向けられた眼差し、その言葉に嘘偽りはない。

 タクシーが発進し歩道にいる日向が段々小さくなる。

「わかりました。友人も一緒で構わないのなら……」

「良かった。ありがとうございます」

 木崎は安堵したように微笑み、タクシーの後部座席に凭れた。

 そんなに私のことを……?

 その様子に、初めて木崎のことを一人の男性として意識した。
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