月に魔法をかけられて
「どうしたの美月、疲れた?」

溜息を吐いた私の顔を心配そうに覗きこむ副社長。

「な、何でもないです……」

「どうしたんだよ? 何でもないって顔じゃないだろ? 心配ごとか?」

私の顔には何か書いてあるのだろうか?

それとも副社長はエスパーなのだろうか?

いつも副社長は私の心の中の変化を敏感に感じ取ってくれる。

「何? 美月言って?」

「あの……、私いつも何も気づかないから……、壮真さんが浮気したとしてもきっと気づかないんだろうなって思ったら……」

「はぁ? 浮気? 誰が? 俺?」

こっちが驚くほどの大きな声を出して私を見る。

「俺が浮気なんてするわけないだろ! 俺の方が心配だっていうのに……。全く……」

「だ、だって、壮真さんかっこいいし、女性から人気あるし、そのうち私にも飽きちゃうんじゃないかって……。それに、いつも金曜日の3時には出かけるし……。だ、だから、心配で……」

俯きながら話す私の頭を副社長は優しく抱き寄せた。

「そんなこと心配してたのかよ……。浮気なんてしねぇよ。だいたい俺は結婚なんてどうでもよかった人間だぞ。適当に見合いでもして、世間的に認められればそれでいいと思っていたんだ。それが今は美月じゃなきゃダメなんだよ。もう美月以外には考えられないんだよ。美月とずっと一緒にいたいから、美月を誰にも渡したくないから、俺だけのものにしたいから結婚したいんだ。だから浮気なんてあり得ない。美月が俺にそんなやきもち妬いてくれてたとはな……。逆にそっちの方がうれしいよ」

「……………」

「それと、金曜日の3時だっけ? 美月気にしてたのか。俺が何も言ってなかったからだよな。ごめんな。あれな、じいちゃんに会いに行ってたんだよ」

抱き寄せられた腕の中から副社長を見上げる。

「親父の親父、つまりルナ・ボーテの会長だな。じいちゃん足が悪くてさ、金曜日はリハビリの日なんだけど、すぐサボるんだよな。それで俺がサボらないように監視してたってわけ。俺、海外から戻ってきたから、昔からの取引先のこととか、どういう歴史があるとか全然知らなかっただろ? だから色々とじいちゃんに聞いててさ。冬の間はリハビリは休みだったけど最近また始まってな。じいちゃんはリハビリ、俺は会社のことを聞けるってことで一石二鳥ってことでな。だから美月が心配するようなことは何もないよ」

私の頭を撫でながらニコッと笑顔を向ける副社長。

そして──。

そのまま顔が近づいてきたかと思うと、いきなり唇が重なった。

暗いとはいえ、こんなに人がたくさんいるところでキスをされ、慌てて身体を離そうとする。

だけど副社長にホールドされるように背中に手をまわされ、私の唇は副社長の唇にしっかりと重ねられた。

やっと唇が離れ、副社長が私を見てニコリと微笑む。

「もっ、もう、壮真さん、こんなところで……」

恥ずかしすぎて真っ赤になりながら、副社長の胸をドンドンとたたく。

「ごめん。美月が俺にやきもち妬いてくれてるって思ったらさ、もう嬉しくて……。でも舌を入れなかっただけでも褒めてほしいよな。一応外だからこれでも我慢したんだぞ」

「えっ? はっ? し、舌って……」

「そんなにびっくりするなよ。ああー、キスしたら美月をすごく抱きたくなった。美月、イルミネーションはまたゆっくり見にくることにして、早く帰ろ」

副社長はそう言うと私の手を引いて、来た道を引き返し始めた。
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