月に魔法をかけられて
社長の前に副社長が座り、副社長のお母さんの前に私が座る。すると啓太くんが私の膝の上にちょこんと座ってきた。

「あらあら啓ちゃん、よっぽど美月さんのことが気に入ってるのね」

「ほんとだな。壮真、もうお嫁さんを啓太に取られてるじゃないか」

2人が啓太くんの行動を見て微笑ましそうに笑っている。

「こいつさ、隙あらば美月の近くに行って離れないんだよな。小さいくせによ」

「まあ啓ちゃんにまでやきもち妬いて……。しっかり美月さんを捕まえとかないと、誰かに取られちゃうわよ。壮真みたいな愛想のない人のお嫁さんになってくれる奇特な人なんてそうそういないんだから」

「わかってるよ。誰にも渡さねぇよ。で、親父、お袋、俺は美月と結婚しようと思っている。今回の新ブランドが発売されたら結婚の準備を進めるつもりだ。美月には結婚の了承をもらってるし、美月の両親には近いうちに挨拶に行く予定だから。そのつもりでいてくれないか?」

「そのつもりも何も、美月さんのご両親に了解をもらってないのにうちだけで進められるわけないだろ? うちは美月さんがお嫁に来てくれるなら大歓迎だが、美月さんのご両親が壮真を気に入ってくださるとは限らないだろ?」

「そうですよ。まずは先に美月さんのご両親に了解を取らないと。うちは美月さんのご両親がOKなら構わないのだから。壮真、早くご挨拶に行ってきなさい」

「わかってるよ。俺は今すぐにでも行きたいのに、美月が俺の両親に了解をもらう方が先だって言い張るから……」

副社長が『やっぱりな』という顔をして私にチラリと視線を向ける。

「だ、だって……」

肩を窄めながら小さくなっていると、副社長のお母さんがにこりと笑顔を向けた。

「美月さん、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「はい」

「美月さんは本当にこんな愛想のない壮真でもいいの? 美月さんみたいな可愛らしいお嬢さんなら、もっと素敵な男性がたくさんいるでしょうに……。やめるなら今のうちよ」

「お袋、何言ってるんだよ。こんなときに何てこと言うんだよ!」

副社長が少し苛立った声でお母さんを睨んだ。

「別に美月さんが嫌だとかそんなことじゃないの。壮真が良くてもね、女性にとって結婚は大切なことなのよ。男性によって女性の人生は左右されてしまうものだから。息子の幸せも願うけれど、同じ女性として結婚したら幸せになってもらいたいでしょ」

副社長のお母さんが優しく微笑む。
私はその微笑みに小さく頷くと、静かに口を開いた。
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