ニセモノの白い椿【完結】

episode3 大人の恋は深く苦しい



「――今日は、来てくれて、嬉しい」

「うん」

木村の部屋のソファで、うしろから腕を回され、これでもかって言うほどにきつく抱きしめられる。スーツのジャケットが少し冷たい。夜になると風が涼しくなって、確実に秋が近付いている。

週末にどちらかの部屋で過ごすのが習慣になっていた。
でも、水曜日のこの日、仕事帰りに私は木村の部屋を訪れていた。

「どうしたの? 俺に、会いたくなった?」

耳元付近に木村の鼻が触れる。くすぐったくて、思わず首を竦めた。
私の鎖骨の下あたりで交差される腕に触れる。

「……うん」

「今日、『あ、なんか木村さんに会いたいな』とかって思ってくれたの? いつ? どのタイミングで? 想像するだけで興奮するんだけど」

「はしゃぎすぎ」

私の両肩をぎゅっと抱きしめながら身体を揺らす。そんな仕草が、子どもみたいで可笑しくなる。

「そりゃあ、はしゃぐでしょ? 嬉しくてたまらないんだから」

笑う私に、長くて骨ばった指が忍び寄る。
肩を抱いていた片方の手が離れ、私の顎を掴んだ。

「椿――」

さっきまでバカみたいにはしゃいでいたと思ったら、その声音さえ変えて私の名前を低くい声で甘く囁く。そして、次の瞬間には、少し強引目のキスが降って来た。

私はいつも、そんな木村に翻弄される。
そして、心はいとも簡単に溶け切って、そのキスに溺れてしまう。
無防備なほどの真っ直ぐな感情に、すべてを投げ出してしまいたくなる。

気付けば自らも求めるように、身体を反転させて腕を木村の首に絡ませていた。

この人に触れられると、胸がいっぱいになる。
幸せという感情が身体中を満たして、たまらなく泣きたくなる。

何度も口内で激しく絡め合わせて、ようやく唇を離す。
木村の大きな手のひらが私の頬を挟み込んだ。

「さて。そろそろ聞かせてよ。何か、あった?」

お互いの額を合わせたままで、木村が優しい声で囁いた。

「……何も、ないよ? どうして?」

「だって、鍵渡してから、初めて平日に来てくれた。ただ会いたかっただけじゃないんじゃないの?」

どこまでも優しく響くその声に、どんどん甘えたくなる。

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