救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
翌朝、あやめは病棟の受け持ち患者の回診をすませるために、いつもよりも早くセントヒルズホスピタルに向かった。

残りの2日間も同様。

当然、7時開店の゛まつや゛には行けず、いい加減、抹茶と結人から得ていた゛癒し゛が不足しつつある。

その一方で、多くの健診者を診察し、予想以上の数の病気予備軍や異常所見を見つけることもできて、動揺されつつも感謝され、予防医学の大切さを再確認できたのは役得だった。

「さあ、今日は最終日。気合い入れていかなくちゃ」

あやめはドクターズコートを羽織って健診開始を待つ。

今日はどんな一期一会があるだろう。

ワクワクする気持ちであやめは受診者の入室を待った。

「失礼致します」

「こんにちは。どうぞこちらにお掛けください」

健診も半ば、あやめは入室してきた男性に顔を向けた。

「田中蔵之助(たなかくらのすけ)さん、68歳で間違いないですか?」

「はい。さようでごさいます」

「生年月日を教えていただけますか?」

「昭和×年10月10日でございます」

゛ずいぶん丁寧な言葉遣いをする人だな゛

と、あやめはマジマジと田中を見る。

受診者に一様に貸与されている検査着を着ているが所作が美しく、姿勢がとてもよい。

「ありがとうございます。それでは検査データを見た後、問診と診察をさせていただきますね」

セントベリーの健診は、他の集団健診とは規模が違う。

ほぼ、人間ドック並、しかも大抵の検査の結果がその日のうちにわかるようになっており、最終的に医師の総合診断まで受けられる仕組みとなっているのだ。

そのためには一日かけて健診を受けなければならないのだが、新たに休みをとって追加の診察を受けに行ったり、首を長くして紙の健診結果を待つ必要もないので評判が良かった。

「ふむ、肺を患っておられるのですね?」

「はい。若い頃から喫煙をしていたためか、肺気腫と診断されております。50の時に煙草はやめておりますが」

「その他のデータは概ね問題ありませんね。少し肝機能がお悪いようですがお酒は飲まれますか?」

「いえ、今は全く。昔はあびるように飲まされていましたが・・・」

苦笑する田中の笑顔は優しく、あやめのふるさとの祖父を思い出させた。

「ご職業は・・・執事・・・ですか?」

「はい、以前は聖川の旦那様にお仕えしておりましたが、今は息子様の方にお仕え致しております」

聖川という名前を聞いて、ピクッとあやめの表情が固まった。

「そうですか?ストレスを溜めたり、無理をしてはおられませんか?」

「いえ、光治様はとてもお優しい方でございます。年老いてきた私にまで気を遣って頂いており感謝しきれないくらいです」

゛やはり、息子様とは聖川光治のことだった・・・゛

あやめは戸惑いが表情に出ないように笑顔を作って、田中に向き合った。
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