救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「杜若と申します。聖川専務の執事、田中さまとお約束しております」

「伺っております。そちらの待ち合いホールにて今しばらくお待ち下さい」

オフィスビルのエントランスから入ると、あやめを待ちわびていたと思われる警備員が駆け寄ってきた。

すかさず待ち合いホールの高級なソファに腰かけて待つよう案内される。

さすがに18時を過ぎているため受け付け嬢は不在、警備の者が来社した顧客らに対応している時間だった。

「あやめ様、おみあしの具合は大丈夫ですか?お車でお迎えに伺いましたのに」

田舎育ちのあやめは脚力に自信がある。

仕事の後は毎日五キロのランニングを欠かすことはない。

たかだか徒歩5分くらいの距離に車なんてとんでもない話だった。

「趣味はランニングです。ご心配には及びません」

「ほほう、ランニングですか。光治様ならきっとご一緒したい、と奮起致しますね」

はは、とあやめは笑って誤魔化すことにした。

あやめにとってランニングは一人で瞑想する時間でもある。

走りながら1日を振り返り、明日への気力を高める時間。

あやめはこの話に取り合わないことを決めた。

田中に連れられて来たのはオフィスビル内の53階にあるホテルの一室。

明らかに更衣するだけの部屋としては豪華過ぎる部屋にあやめは愕然とした。

「浴衣はこちらでございます」

田中が手で指し示した方向を見ると、白地に薄紫の杜若と紫の菖蒲の花が描かれた浴衣が衣紋掛けに吊るされていた。

帯は赤色、重ね衿は薄紫。

見るからに高級品とわかるそれは、あやめのためだけに誂えられたかのようにあやめの心を掴んで離さなかった。

「綺麗・・・」

「光治様、自らお選びになったのですよ?」

「聖川さんが・・・?」

「ええ。さあ、のちほど浴衣に着替えられた光治様がこちらにお迎えに参ります。急ぎましょう」

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