救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「あのね、私もうアラサーの立派なおばさんなの。いつまでも夢ばかり見てはいられないの。だいたい、眠れる森の美女っていうお話だって、本当は王子さまのキスで眠りから覚めたんじゃなくて゛100年眠り続ける゛っていう呪いが解ける絶妙なタイミングにたまたま王子様の来訪が重なったっていうオチのお話なの」

父は、圭吾と美智瑠がこの島の診療所を引き継ぎたいと申し出たタイミングで、たまたま現れた(あやめに固執する)堅物シャイ(ニング)王子の存在に賭けた。

なにも知らない王子は自分が呪いを解けると思って何かと戦っている。

卓次郎はこれ幸いにと、あの日、母の死の真相を知り自分の殻といういばらの中で眠りについてしまったあやめの心を溶かしてもらおうと行動を起こしたに違いない。

そして、敏腕AI執事:田中と共謀し、誰も逆らうことの許されない島の伝説を利用してあやめの逃げ道を塞ぐ。

しかも伝説が完成するために必要な第3者の存在がいないことに安堵していたあやめの迂闊さを利用し、最先端のドローンまで使って伝説を完成させる周到さ。

卓次郎や昭次郎だけでなく、聖川家の本気を感じる恐ろしさだ。

「私は自分の人生も、楓と共に過ごした日々についてもなんら後悔はしていない。もちろんあやめという娘に恵まれたこともな」

卓次郎はタオルケットにくるまって隠れているあやめを、タオルケットの上から撫でた。

「実は楓は、自分が重度の妊娠中毒症で島での出産は命がけになることを知っていて里帰りしたんだ。だからあやめが気に病むことはなにもない」

あやめは父の話から、近所のおばさんたちの会話の中には多少の誤解が混ざっていたことを知った。

「それにあの絵本を楓があやめに贈った背景には、楓からあやめへの大切な想いがつまっているんだからな」

父によると、楓はかなりロマンチストな女性だったそうだ。

恋愛漫画や恋愛小説が大好きで、得に大好きだったのが某ネズミの国のプリンセスもの。

アニメの描かれ方では、ヒロインはただ眠りについて待つだけの一見頼りない存在だったが、本当はしっかり王子を翻弄し、意のままに操って(?)自分を救い出させるほどの魅力的なプリンセス。

゛どんな困難に巻き込まれても、素敵な出会いを掴むことができる賢い女の子になって欲しい゛

そんな母の願いがあの絵本には込められていたという。

あやめは父から聞かされる、母の意外な人物像に驚きながらも、今まさに自分にかけられていた呪いが解けていくような不思議な感覚がしていた。

「だったら、勿体ぶらずにさっさとこの話を聞かせてくれたら良かったじゃない」

そうすればあやめが無駄に悩むことも、ここまで拗らせることもなかったはずだ。

「そんなの全然面白くないじゃないか。お父さんは待つだけのヒロインは嫌いだ。それ以上にチャラチャラした見かけ倒しの王子はもっと好かん。どうせ娘を渡すなら努力家で誠実、しかもハイスペックな男でないとな」

それなら卓次郎が待った甲斐もあったというものだろう。

日本全国いや世界規模で見ても、ベリーヒルズビレッジを有する聖川ホールディングスの次期当主候補である光治ほどハイスペックで堅物な王子はいない。

「お姫様は心を凍らせながらも一人で立っていられるほど十分な知識と技術を身に付け魅力的に育った。優しさの中にもその闇を見つけた堅物王子は姫に負けじとそのスペックに磨きをかけ姫の本心を目覚めさせる。これぞ楓の望んだハッピーエンドとその先だ」

゛お母さんもお父さんも意外と欲深だったのね゛

卓次郎の話を聞きながら、あやめは楓の木の下で眠る母を思って笑顔を浮かべた。

死してなお、周囲の人達の力を使って自分の思い通りのストーリーを展開させる楓こそが゛本物の眠れる森の美女゛ではないか、と思った。

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