きみに ひとめぼれ

ぼんやりと文字だけを眺めていると、人の気配を感じた。

坂井さんが俺から少し離れたところに立っていた。


「ごめん遅くなって。部活大丈夫?」


周りの静けさを気にして小さな声で問う彼女に、「大丈夫、大丈夫」と俺は軽く返事をした。

本をもとの場所に返しに行ったけど、どんな本だったのかさっぱり頭には入っていなくて、題名すら覚えていなかった。

席に戻ると彼女は俺が座っていた椅子の隣に腰かけて、教科書やノートを取り出していた。

俺は特に意識することもなく元の席に座った。

だけど、座った瞬間、体が固まった。


彼女との距離が、こんなにも近い。


彼女が動くたびに、彼女の衣服がすれる音や動作のひとつひとつが直に伝わってくる。

急に心臓が早く動き始める。

でも、座ってしまったものはしょうがない。

席を移動したら不自然だろ。

だけど、平静でいようとすればするほど、彼女の存在を意識してしまって鼓動が早くなる。


__坂井さんは、どうなんだろう。


ちらりと横目で彼女の姿を確認した。

シャープペンを握った手で頭を抱えて教科書とノートに目を落としている。

その態勢のまま、彼女は一向に動かなかった。

どこがわからないのか、その様子を見れば聞かなくても何となくわかった。

つまり、全部だ。

たぶん、教科書のもっと前の方から。

なんでわかるかというと、園田と同じ反応をしてるから。

園田のことを思い出すことで、体の力が少しだけ抜けた。

ふーっと息をひとつ吐いてから、俺は教科書を手に取った。

まずは教科書をずいぶん前に遡ってどこまで理解しているか確認していく。

本題に戻ってくるまでには結構な時間がかかった。

だけど最終的に彼女はちゃんと理解して解けるようになっていた。

のみ込みは早いのに、どうして躓いているのだろう。


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