溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
症例2
症例2

 遠足の前の高揚感。そんな気持ちで朝目覚めたのは、いつぶりだろうか。

 今日から和也くんと働くと思うと、自然と早く目が覚めてしまった。うきうきした気分を抑えて身支度をはじめるけれど、お化粧をしながら思わず鼻歌を口ずさんでしまう。

 ダメダメ、気を引きしめなきゃ!

 そう思うけれど鏡に映った自分の顔は、ニヤニヤとだらしない顔をしていた。

 なんとか無理やり真面目な顔を作って、クリニックの扉を開く。

「おはようございますっ!」

 誰もいない受付に声をかけると、診察室から驚いた顔の和也くんが出てきた。

「おい、早過ぎないか?」

「うん、だって昨日楽しみであまり眠れなくて」

「バカか。仕事中に眠くなっても知らないぞ」

 そう言ってさっさと診察室の中に消えていってしまった。

「さてと……とりあえず。お掃除しよう」

 真鍋さんはお子さんを幼稚園に送ってから来るし、川久保さんは妊婦さんなので十時頃にクリニックに来ることになっている。

 ふたりがいなくてもできることは、掃除くらいだ。掃除の要領は面接のときに聞いておいたので、早速掃除道具を取り出してクリニックの外に出た。

「おはようございます」

 通りを掃きながら道行く人に挨拶をする。通勤、通学、犬の散歩やジョギングしている人。時折返ってくる挨拶に笑顔になる。

 今日からわたしはこのクリニックの一員。やっと和也くんと一緒に働くことができる。

 思わずこぼれそうになる鼻歌を我慢して、わたしは掃除に集中した。

「え? 山科さん、もう出勤したの?」

「はい。実はうれしくて、早く着いちゃいました。あのご迷惑だったでしょうか?」

 箒を握りしめて、真鍋さんの顔を見る。

「なに言ってるの! 本当に人手が足りていないしあなたみたいなガッツのある子大歓迎よ」

「ありがとうございます」

 勢いよく頭を下げる。

「それに、中村先生のこと……応援するね。あの人にはあなたみたいな人が合うと思うの。それになんだかんだいって、採用したってことは……うふふっ」

「うふふっ……ですか?」

 真鍋さんは意味深な笑いを浮かべた。

「いいの、いいの、こっちの話。さぁ、那夕子ちゃんが来るまでわたしが教えられることは教えるね。行こう!」

「はい」

 ちりとりを持ってくれた真鍋さんに続いて、わたしも中に入る。

 これから新しい仕事がはじまると思うと、緊張と同時にワクワクした。

 働いている和也くんを間近で見られるなんて、幸せっ!

 わたしは早速真鍋さんの指示に従って、患者さんを迎える前の朝の準備にとりかかった。

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