二人のお母ちゃん
僕が、5歳の時お母ちゃんが死んだ……。交通事故だった。
「おかあちゃん、おかあちゃん」
そう泣きじゃくり暴れる俺を、抱きかかえる父ちゃんの手は、温かかったがどこか冷たいそんな気がした。父ちゃんの顔から流れ落ちてくる温かい涙を子供ながらによく覚えている。

あれから5年がたち、僕は10歳になった。現在の家族は、父ちゃんと双子の弟と、そして幸子さん。
そう、あの日、温かい涙を流していたお父ちゃんは、2年前に再婚した。お母ちゃんのことを忘れたかのように幸せそうにしている父ちゃんを見ているとイライラしてしまい、幸子さんのことを嫌いなわけではないが、お母ちゃんと呼んだことは一度もない。僕だけでも、お母ちゃんのことを忘れたくないのも理由の一つだ。
それでも、幸子さんは僕をかわいがってくれた。昨年に生まれた双子の世話で忙しいはずなのに、朝ごはんも洗濯も手を抜いたことは、一度もない。本当にすごい人だなといつも感心しているが、やはりお母ちゃんと呼ぶことが、僕には無理だった。

「裕ちゃん、ごはんができたよ」
幸子さんにそう言われ、下に降りていく。弟とお父さんがとても楽しそうに遊んでいて、幸子さんも笑顔だ。僕は、その顔を見るのが大嫌いだった。僕の父さんなのにと、嫉妬してばかりだ。
僕が小さかった頃は、父さんは仕事が忙しく家にいる日のほうが少なかった。こんな風に食卓を囲むことなんてもちろんなかった。なのに、なんで弟ばかり。気づいたらベッドの中で泣いていた。
朝、ベッドから泣きつかれた顔を出すと、いい匂いがしてきた。ふと、においのほうへ行くと、おにぎりとみそ汁と手紙が置いてあった。その手紙には、
(おなかがすいたら温めなおして食べてください。 幸子)
と書かれていた。冷たくなったおにぎりを一口だけほおばると、あの時の父さんと同じ温かい涙があふれてきた。これは、幸せの涙なのかな。と、子供ながらに深く思った。そして、下に降りていき
「お母さん、ありがとう」
と、幸子さんにつぶやき学校へと向かった。玄関を出ると、幸子さんのなき声が聞こえてきた。二年間過ごしてきた中で、一番大きな泣き声だった。幸せの涙を流しているのかなとふと思い、少し、にやつきながらその日一日授業を受けた。

家に帰ると、母さんが一人 ぼうぜんとして椅子に座っていた。
「お母さんどうしたの?」
と、僕が聞くと、お母さんは涙を浮かべながら
「父さんが自殺した」
と言った。
僕は、その言葉が信じられなかった。だから、お葬式の時も泣くこともできず、ただぼうぜんとしているだけだった。親戚中が、僕を冷たいやつと思っていたかもしれない。だけど、いつか父さんが
「ただいま」
とドアを開けて帰ってくるのではないかという期待が心のどこかにあった。だから泣けなかった。けれど、そのいつかは来ることはなく、あの日から僕は、笑わなくなった。

そして、笑わないまま中学3年生になった。髪は、金髪に染め、カバンを後ろに担ぎ人をにらみつけながら登校する近所でも有名な不良少年になった。

近所の人からしたら、両親を亡くして平気なわけがないしやっぱりねぇ。という感じだった。けれど、お母さんはこんな僕にも普通に接してくれた。髪を染めたのは、中学2年生の時だったが、普通に考えて、それくらいの子供が髪を染めたら、叱るはずなのにお母さんは、
「似合うじゃない」
と言ってくれた。その言葉に、僕はあぜんとしたが、それからはお母さんのその言葉を真に受けて金髪のまま例にならい、不良少年として生活している。
ある日、学校中の窓ガラスが割られていた。もちろんやっていないが、不良少年の俺は、すぐに疑われた。やっていませんと言っても、信じてはもらえないと思い、やりましたと言うしかなかった。
それからしばらくして、犯人が見つかったが、みんな口をそろえて
「おまえが疑われるようなことをするのが悪い」
と言って、謝ってはくれなかった。

思い返せば、沙也加と出会ったのもこの頃だった。季節は冬。季節外れだが、大阪からの転校生がやってきた。名前は、藤田沙也加。僕と同じ金髪の髪なのにヤンキーという感じではなく、ふわふわ系でとても明るいだれとでも仲良くなれるタイプの女の子。第一印象はそんな感じだった。
そして、小説のような展開で俺の隣の席になった。

「藤田沙也加です。よろしく」
彼女にそう言われ俺も、あいさつをした。
「佐藤裕一です」
すると彼女は、屈託のない笑顔で
「ほな。裕ちゃんやね。よろしく」
と言った。その笑顔にキュンときた俺は、ついムキになって
「裕ちゃんって言うな!」
と怒鳴ってしまった。彼女からは、さっきの屈託のない笑顔は消え、ウルウルお目目になり下を向いていた。さすがに悪いと思った俺は
「ごめん」
と言った。すると彼女は顔を上げて俺にほほ笑んできた。彼女は泣いてなんかいなかったのだ。さすがにやられたと思った俺は
「今度、俺をだましたらぶん殴る」
と言った。すると彼女は笑いながら
「ほな、うちは十倍返しや」
と言った。沙也加のことが、この時から少しずつ特別な存在と感じるようになった。

沙也加が転校してきた次の日。僕が
「沙也加、おはよう」
と言うと、彼女は、目を丸くしてこちらを見ていた。なんでだ? と思った俺は、
「どうしたの?」
と聞いた。すると、沙也加は
「裕ちゃんから、あいさつされるなんて思わなかったから」
と言った。
「なんでだよ」
と反撃をすると、沙也加は、昨日と同じ屈託のない笑顔で笑い出した。その表情に、やはりキュンときた。やっぱり俺は、この表情が好きみたいだ。

その日は、進路調査があり、俺と沙也加は、その話で、持ちきりだった。俺も沙也加も金髪で、友達なんて一人も居なかったから、いつも二人でいた。
「沙也加はどこの高校に行くの?」
と俺が聞くと、沙也加は少しだけ考えてから
「桜岬高校かな」
と言った。そこは、名門中の名門で、俺たち公立中学の生徒が行けるようなところではなかった。だから、俺は、沙也加は頭が良いんだな。と思いそう言った。けれど彼女から帰ってきた言葉は、違った。
「え? 前の学校では全ての教科欠点だよ」
その言葉に、俺は驚きを隠せなく、それならなぜ桜岬なのかと思いそれを沙也加に聞いた。
「え? だって制服がかわいいじゃん」
これが、彼女の答えだった。さすがに、驚きと怒りを隠せなかった俺は、
「桜岬は偏差値70だから、どう考えても間のおまえには無理だ。後、学校は真剣に考えるべきだ」
と怒鳴りつけた。彼女は、すぐに反論してきて、
「じゃあ、裕ちゃんは真剣に決めたんでしょうね。どこの高校に行くのよ」
と聞いてきた。沙也加は、俺の不祥事を知らない。だから、俺が進学拒否されていることも知らない。
「俺、たくさんの悪いことをしたから、高校には行けないんだ。だから俺の分まで頑張れよ」
と言うしかなかった。
「進学はできないとか決めたらダメだよ。私と一緒に高校行こうよ」
と、沙也加は、俺に進学を進めてくれた。俺も、沙也加と同じ高校に行きたい。そう思い二人で桜岬高校を受験することにした。もちろん、二人ともダメもとだった。担任からは、キレられたり、殴られたりしたが、沙也加の親も、俺のお母さんも賛成をしてくれ、俺たちは桜岬高校を受験することができた。
受験は、無事に終わり、後は結果を待つだけだ。
ただただお互いの、合格を楽しみに結果待ちの一週間を過ごした。

そして、結果発表の日。

まず、最初に、沙也加が呼ばれた。

五分後、ドアが開き沙也加が出来てきた。沙也加の目は、ウルウルで声をかけるにもかけられなかったが、沙也加のほうから結果を教えてくれた。

「合格したよ」

その言葉に、驚きを隠せず俺は発狂してしまったが、とても嬉しかった。そして、俺の番が来た。

「裕ちゃん頑張って」
という、沙也加の声援を胸に俺は、教室の扉を開けた。
「佐藤。結果についてだが、怒らず聞いてほしい」
「どういうことですか」
「成績は問題ないのだが、過去のこともあり、おまえは不合格だ」
「は? ふざけんじゃねぇよ」
俺は、机を蹴り飛ばして教室を後にした。沙也加に結果を聞かれたが、無視をして学校を飛び出した。

夜になっても家に帰らず、ゲームセンターに引きこもっていた。俺を探しに来たお母さんに見つかってしまい家に帰りついたのは、夜中の12時だった。
5歳になった弟たちは、すでに眠っていて俺と母さんの二人っきりの夕飯だった。二人で食卓を囲むのは久しぶりだ。
「なんで、学校を飛び出したの? 先生、心配してたわよ」
お母さんにそう言われたが、俺は自分が情けなくて、そして進学のために先生を説得してくれたお母さんに申し訳なくて、かたくなに口を閉ざしていた。
「私が、継母だからいけないの? 本当のお母さんやないから、反発して学校を飛び出したりしたんやろ」
違うって言おうとしたのに、俺は思わず
「ああ、そうだよ」
と言い放ち、リビングを飛び出して、自分の部屋へと向かった。また逃げ出すなんて、最低だ……。しかもお母さんにあんなことを言うなんて。俺は、ベッドに体をうずめ声を殺して泣き続けた。お母さんや弟たちに聞こえないように、夜が明けるまで泣き続けた。

次の日。学校は、休みだったので、ゆっくりと眠っていたのだが
「にーたん、おきて」
「にーたん、遊ぼう」
という声が聞こえてきた。俺は、重い体を起こして、おなかのほうを見た。すると、弟の幸が、体の上に乗っていて、もう一人の弟福が俺の隣にいた。二人の名前を合わせて幸福というめでたい名前を付けたのは、父さんだった。父さんが、死んでからは俺が、兄として、そして父の代わりとして二人を見守ってきた。この二人の声を聴くと、本当に幸福が訪れたみたいでいやなことも忘れてしまいそうになる。

「にーたん、泣いてたの?」
「どうして?」
「目が真っ赤だよ」
そう言われ、俺は慌てて飛び起きて、洗面台に行き鏡を見る。あちゃー、昨日泣きすぎたわ。と思いお母さんに見つかる前に顔を洗いに行った。そして、涙の跡を消した後、リビングへと向かっていった。

「お母さん、おはよう」
と、リビングへ向かったが、母の姿はなかった、
「福、お母さんは?」
と、一緒に降りてきた福にたずねたが、答えてくれなかった。そこへ幸がやってきたので、幸にたずねると
「学校だよ」
と教えてくれた。けれど、その直後、福が幸の口をふさぎ
「い、今のは、うそだよ。僕たちもさっきまで寝てたから知らない」
と言って、目を泳がせた。これを見た俺は、すぐに口止めをされたということが分かった。なぜなら、福はうそをつくときかならず、目を泳がせる癖があるからだ。
俺は、弟たちなんて構いもせずに家を飛び出して学校へと向かった。そして、職員室に入るや否や
「母さんは、来ていますか」
と聞いた。先生たちはキョトンとしていたが、すぐに担任が来て
「来てないぞ。また泣かせたのか」
と、からかってきた。正直に言えば殴ってやろうと思ったが、そんな暇はないと思い我慢した。すると、電話が鳴って担任が呼び出された。しばらくして、
「佐藤、行くぞ」
と言われた。どこへ行くのかは分からなかったが担任の車に乗りこんだ。しばらくして、
「着いたぞ」
と言われたので、車を降りてどこに居るのかがはっきりとした。俺たちは、桜岬高校の前にいた。
「どういうことですか」
と俺が聞くと、担任は気まずそうな顔をして
「佐藤のお母さんと、藤田が職員室に乗り込んでいるらしい」
と言った。内心、驚きを隠せなかったが、俺と担任は職員室へと向かった。
「私。佐藤君と藤田さんの担任をしております。山本と申します」
と、担任が言うと怖い顔をした先生が、
「校長室まで来てください」
と言った。俺たちは、その先生の指示に従い校長室へと向かった。

校長室へ入ると、笑顔と頭のまぶしい優しそうな校長らしき人と、先ほどの怖い先生(おそらく教頭)らしき人と、お母さんと、沙也加がいた。

「まぁ、お掛けになってください」
校長らしき人に促され、俺と担任は席に座った。そして
「この度は、誠にもうしわけございませんでした」
と、誤ろうとしたのだが、それより先に、桜岬の校長と教頭がそういった。

俺たちが、目を丸くしていると校長先生のほうからこういわれた。なんでも、俺は成績に関しては、トップだったらしく、合格にすると校長先生と教頭先生は、判定を下していたのだが、生徒指導の先生が俺の悪事を知り、無断で不合格にしたらしい。ちなみに、今日、俺の母さんと沙也加が乗り込んできたため、このことが発覚したらしい。

「佐藤君には、ぜひ、わが高校に来てほしいと思っています。今回のこの問題を犯した生徒指導にも重い罰を与えるつもりでいます。本当にもうしわけございませんでした」
と、教頭先生が言ってくれた。担任とお母さん
「よろしくお願いします」
と言いながら涙を浮かべていた。そして、沙也加とお母さんは乗り込んだことに対しての謝罪をきちんと行った。これに対しても、桜岬の校長は
「大丈夫ですよ。お二人が乗り込んでくださらなかったら発覚しない問題だったんですから、むしろ感謝していますよ」
と言ってくれた。桜岬を受験して本当に良かったと、初めて思えた。だから、帰り際俺は、深々と
「ありがとうございました。四月からよろしくお願いいたします」
と言いながらお辞儀をした。

そして、家に帰宅をする前に、お母さんと先生と別れ、沙也加を送っていくことになった。俺は、沙也加が乗り込んだことに対して、正直少しだけ苛立ちもあったが、俺のために立ち上がってくれた沙也加にきちんとお礼を伝えることにした。
「沙也加、ありがとうな。でも、なんで俺のために」
と俺が言うと沙也加は、
「友達だから」
と言った。けれど、下手すれば退学になっていた行動なので俺は信じられずに
「友達でも普通はこういうことをしないだろ」
と言おうとした。その時、沙也加のくちびると、俺のくちびるが重なった。沙也加のほうからだった。
「ごめん……。もう我慢できない。好きなんだよ。裕ちゃんのことが。好きで、好きで同じ学校に行きたいから、裕ちゃんの家に連絡して、桜岬に乗り込んだ」
俺は、驚きを隠せなかった。まさか、沙也加も俺と同じ気持ちだったとは、思わなかった。俺は沙也加を抱きしめて
「俺も沙也加が好きだ。俺と付き合ってくれ」
と言った。こうして、俺たちは彼氏と彼女になった。





四月。入学式の日、待ち合わせは、駅の三番ホーム。沙也加の姿を見つけた俺は、背後から驚かせる勢いで
「沙也ちゃん、おはよう」
と言った。沙也加は、案の定目を丸くしていた。
「なんだよ。俺が沙也ちゃんって言うのが、そんなに違和感あるのか?」
と、背後から声をかけたことを棚に上げて、沙也加に聞いてみる。
「ううん、それは嬉しいんだけど……」
と言い沙也加は、戸惑っている。やりすぎたかなと思ったが、違った。なぜなら俺の頭のほうを凝視していたからだ。俺は、なぜ凝視しているかを察して
「黒髪にしたんだ。似合う?」
と、沙也加に聞いた。すると沙也加は、
「うん! 似合うよ」
笑顔で答えてくれた

俺が黒髪したのは、お母さんと沙也加のためだった。1度、ブリーチしてしまったため黒染めになってしまったが、それでも俺は、二人のためにまともになりたかった。これ以上二人を悲しませないためには、こうするしかなかったのだ。だからこれは、俺の名誉の勲章ってことだな。

俺は、沙也加の手を、そっとつないだ。

「ぜってぇ、離さねぇから」
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