溺愛音感

嘘だ。

根拠があるわけでも、証拠があるわけでもない。
ただの直感だ。

でも、まちがっているとは思わなかった。


「昔の話だ。どんな演奏だったのか、記憶もあやふやだ」


(嘘ばっかり)


正直、マキくんがわたし以外の誰かの専属伴奏者だったと思うと、モヤモヤする。

けれど、落ち込んだり、しょんぼりしたり、元気のない彼の姿は見たくなかった。

自信満々の笑みだろうと、屈託のない少年のような笑みだろうと、なんだっていい。
笑っていてほしい。

それが、いまのわたしの本音だ。

彼を笑顔にできるなら、彼女の代わりだろうとなんだろうと、いくらでも演奏する。


(だって、マキくんが俺様じゃないとなんだか、変な気分になるし)


「これからは、わたしが付き合ってあげるよ。リクエストの曲じゃなくても、いいよ? おまけしてあげる」

「おまけ?」

「よくあるでしょ? 二個買ったら三個目はタダでプレゼントしますってヤツ」

「何の話だ」

「だから……」

「そんな余裕があるのか? 九十九曲を弾き終えてから考えろ」

(か、かわいくない……いや、俺様なんだから、これが通常運転なんだろうけど……でもっ)

「シャチのお礼だよ」

「いらない」

「わたしが、お礼したいのっ!」

「ハナ……」


マキくんは、溜息を吐いて立ち上がり、わたしの傍までやって来る。


「だったら……」


言いかけて、黙り込む。

急かしたり、問い詰めたりせずに、待つべきだと思った。

このまま、なし崩しでごまかされるかもしれないと思った時、マキくんは表情を消した顔である曲名を呟いた。


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