溺愛音感
ハナ、代打に入る


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土曜日の昼下がり。

小ホールでの女性ピアニストのリサイタルは、オールバッハプログラムだった。

八十歳ちかいが、現役を貫き、世界中を飛び回るパワフルな女性。

作品の解説を含めた軽妙なトークは、もはやベテラン芸だ。

もちろん、演奏もすばらしかった。
体力の衰えをまったく感じさせない澄み切った音の連なりは、最後まで揺らぐことがなかった。

曲への深い理解と考察、独自の解釈。
そして、それを余すことなく体現する技術。

すべてが揃わなくては辿り着けない境地。
そこに至る道のりを考えただけで、気が遠くなりそうだ。

自分は、まだその道の入り口にすら立っていない。


(あの曲も……彼女なら、すんなり弾けちゃうんだろうなぁ……)


未だ迷宮から抜け出せず、完成図が未だにわからない「おまけ」の曲のことを思うと、落ち込まずにはいられない。
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