溺愛音感
「ま、マキくん、く、苦しい!」
「すまない。ハナがかわいいことを言うから、つい勢い余った」
腕の力を緩めたマキくんは、わたしに頬ずりをし、鼻の頭にキスまでする。
「ねえ、マキくん。どこにも行かずに、ずっと家にいてもいいんだよ? ストックたくさんできたから、マキくんのためにリサイタル開いてもいいし。あ、ミツコロッケも作ってあげる! 新じゃがも美味しいけれど、いま旬の枝豆も美味しかったんだ。それか、松太郎さんのところで、またおせんべい焼いてもいいかも? あ、ついでにマキくんとわたしの演奏を松太郎さんに聴いてもらう?」
マキくんと一緒に旅行に行けるなら嬉し楽しいのは確実だけれど、リフレッシュするはずが逆に疲れては意味がない。
行動範囲を家や近場に絞って、ゆったりのんびり寛ぐのも、悪くない休暇の過ごし方だと思うと提案してみた。
我ながら、なかなかいい案だと思ったけれど、マキくんの口はへの字。
俺様はお気に召さないようだ。
「だ、ダメかな?」
「ハナは、もっとワガママを言うべきだ」
「え? あの、や、でも……一日中マキくんと一緒に過ごしたいというのは、けっこうワガママだと思うけど……」
忙しいマキくんの貴重な休日を独占するなんて、贅沢過ぎる。
その権利をオークションにかけたなら、とんでもない高値がつくだろう。
「どうして、ハナは……」
ぽつりと呟いたマキくんは、眉尻を下げ、泣きそうな顔をしている。
「ま、マキくん? あの、マキくんがイヤなら、別に旅行でもいいよ? 三泊四日だと、けっこう遠くまで行けそうだよね? 北の端っこの方とか、南の先っちょの方とかも行けるような……?」
「いや、いい。ハナが出かけたくないなら、ここにいよう。ただし……ずっと部屋に籠っているということは、ずっとベッドの上にいることになるが」
「へ? え? 籠る? いや、籠らないよね? で、ベッドの……う、えっ、て、えぇっ!?」
Tシャツの裾から潜り込んだ手が、ノーブラの胸を包み込み、『ベッドの上』の意味を知らしめた。
「二・七キロ弱の増加だが、四捨五入して三キロとみなすことにする」
「え? え? みなすって……ま、マキくんっ!? 熱っ! 熱あるっ……」
突然の展開にうろたえ、焦るわたしに、マキくんは素っ気なく断言する。
「もうない。あっても、ないことにする」
「いや、それはダメでしょっ、て……んんっ」