溺愛音感


「ハナ、大丈夫か?」


大丈夫じゃないと声を大にして叫びたかったが、声はかれているし、それよりも気になることがあった。


「マキく……ほん、と、あの、日……してな……?」

「当たり前だ。酔った女を襲う趣味はない。酔っ払ったハナが家に部屋に入るなり吐いて、服が汚れたから脱がせただけだ」

「どう、どうして……嘘ついた……?」

「嘘は吐いていないぞ? 説明しようとしたのに、いらないと言ったのは、ハナだろう?」

(た、確かに……)


知りたいかと言われ、知りたくないと拒否したのは、わたしだ。

よくよく考えれば、あの時マキくんは思わせぶりなことは言っても、決定的なことは何も言っていなかった。


(そりゃ、落ち着いて確かめようとしなかったわたしが悪いんだけど……)

(からかっていただけで、訊けばちゃんと答えてくれたんだろうけど……)

(酔った勢いでしないのは、紳士の証拠だと思うけど……)

(けど、なんか……なんか、ムカつくんだけどっ!)

「ハナ。いまは、余計なことは考えるな。俺のことだけ考えろ」

「考えてるっ(俺様めっ)! 」

「何が言いたい?」

「べつにっ」

「……そうか。ハナは不満なんだな」

「え? な……」

何が、と言う質問はキスで封じられた。


「一応、歩けなくなったら困ると思って手加減したんだが、いらぬ心配だったな。この先は、遠慮せずに楽しむことにする」

(え……て、手加減した? どこが? この先って、まさかいまからもう一回……)


まだ続ける気なのかと慄くわたしに、マキくんは「当たり前だろう」と呆れ顔だ。


「ハナ。俺がどれほど我慢していたと思っているんだ。少なく見積もって、一日一回、週に四日、二か月と仮定すれば、単純に計算しても約三十二回は我慢したことになる。一回で気が済むわけないだろう?」

(そ、そうかもしれないけれど、まさかその三十二回分を一晩でこなすつもりじゃ……)


青ざめるわたしの思考を読んだのか、マキくんは首を横に振った。


「そこまではできないから、一週間、一日四回~五回だな」

「ま、まままって!」

「待たない。ハナが、ヴァイオリンのことを考えている時以外は、俺のことしか考えられないようにするためには、必要な措置だ」


そこから先、わたしは文字通り彼以外のことを考えられなくなった。


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