溺愛音感


予想もしていなかった話に、困惑した。


「でも、だって、マキくんがわたしを保護してくれたんだよね?」

「ああ。あの日、墓地でハナを拾って、瑠夏が住んでいたアパートへ連れ帰った」

「…………」


まさか、自分が彼女の住んでいたアパートにいたとは思いもよらず、絶句してしまう。


「瑠夏の両親は、葬儀に先立って彼女の私物を日本へ送る手配を済ませていた。俺は大家に引き渡す後始末を頼まれていたんだ。ホテルに部屋を取ってあったが、ハナの様子からアパートにいる方がいいだろうと思った。幸い、家具付きの物件だったし、まだ何も処分していなかったから」


声を失くし、茫然としているわたしを見て、マキくんは苦笑いした。


「ちなみに、ハナをホテルに連れていけないと思った一番の理由は、ちょっとでも目を離すとすぐにヴァイオリンを弾こうとするからだ。しかも、放って置いたら、食事もせずに弾き続ける。やめさせるためにどうしたらいいか悩んだ末、無理やりヴァイオリンを取り上げて、とにかくいろんな話をした。俺と瑠夏のことも」

「マキくんと彼女の話……?」

「元恋人だったこと。ヴァイオリニストだったが、ソリストにはなれなかったこと。俺と待ち合わせていた店で倒れ、突然亡くなったこと。待ち合わせに遅れた俺は、彼女の最期に居合わせることができなかったこと……洗いざらい、話して聞かせた」


知りたいと思っていたことを、過去のわたしはすでに知っていたのだと聞いて、なんとも複雑な気持ちだった。

マキくんは、わたしと向き合うように体を半転させた。


「ハナのためというより……俺が、話したかったんだ。慰めてほしかったわけじゃなく、ただ吐き出したかった。何も聞こえていないハナになら、話してもかまわないだろうと思ったんだ。それが……俺の話を聞いていたハナが、泣き出した」

「でも、それは和樹のせいだったんじゃ……?」

「ちがう。ハナは、瑠夏が好きだった曲を弾いてくれた。毎日。俺が寂しくないように、傍にいてくれようとしたんだ」

「…………」

「あの時、俺がハナに話したことを聞きたいか?」


途中で耳を塞ぎたくなったり、胸が痛んだりするかもしれないが、向き合うならいましかないと思った。


「……聞きたい。マキくんが話してくれるなら」

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