溺愛音感


こんなところでそんな発言をする和樹に、「ここは日本だよ!」と叫びたくなった。

が、たとえ本人が目の前にいなくても、自分の気持ちをごまかしたり、はぐらかしたりしたくない。

幸せかどうかは、いまのところ明確な答えが出せなくても、マキくんに対する気持ちははっきりしている。

ただし、日本語だと返事をするのすら気恥ずかしい。


「……Oui」


小さな声で返事をしたら、和樹が噴き出した。


「ちょっと待て、ハナ。まさか、日本に来た途端、大和なでしこになったのか?」

「ち、ちがうよっ! 日本人はそういうの、あんまり言葉にしないんでしょっ! 郷に入っては郷に従えとかって言うしっ! マキくんだって、そういうことは日本語で言わないよ」

(この前、日本語で言ってってねだったら、ものすごく恥ずかしそうだった……)

「つまり、日本語ではない言語で言うんだな? あの人は、見かけが日本人離れしているけど、言動もそうなんだな……」

「あれは、日本人離れしているというより、俺様だよ」

「俺様……そうだな。童顔だけど、態度は偉そうで、いかにも社長だった」

「マキくんに、『童顔』は禁句だよ」

「ハナと並んだら、十代でもいけるかもな?」

「うるさいよ、和樹!」


くすくす笑う和樹を睨み、温くなったソイラテを飲み干す。

しばらくして、笑いの発作が治まった和樹は、居住まいを正し、じっとわたしを見つめて訊ねた。


「ハナ。もう一度訊く。幸せに、なれそうか?」


いまはまだ、マキくんといる未来を明確に思い描けはしないけれど、不幸になるとは思えなかった。
たとえ、不幸になりそうな時でも、俺様王子様の力で、無理やり幸福にしてしまうにちがいない。

わたしが頷くのを見て、和樹は満足そうに微笑み、立ち上がった。


「今夜は、時間を割いてくれてありがとう、ハナ。もう、行くよ」

「だったら、わたしも……」


慌てて立ち上がろうとしたら、座って待てと言われた。


「ハナには、迎えが来る」

「迎え?」

「言っただろ? 無断でハナに近付いたら、潰すと脅されたって」

「え? え? でも、許可なくもう会ってるよね? こうして」

「最初から、許可は貰っている」

(どういう、こと……?)


和樹が、視線をわたしの後方へ向けるのを追い、ダークカラーのスーツを身に纏ったマキくんを見つけた。

タブレットで仕事をしていたようだが、目が合うなり、への字に唇を引き結ぶ。


(うわぁ……メチャクチャ機嫌悪そう……)


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