溺愛音感


「え? 習ったことないって……どういうことですか?」

「あとで説明するから」


バカヨシヤの背を追いかけて、不安そうな表情でこちらを窺う人たちの下へ駆け寄った。


「ヨシヤ、その人……」


第一ヴァイオリンとヴィオラの男性が目を丸くする。
あの夜出会った三人組の残り二人だ。


「こいつにエキストラを頼んだ。パガニーニ弾けるんだから、いけるだろ」

「そりゃそうかもしれないけど、リハもなしなんて……」

「無謀過ぎないか?」

「なるべく合わせるように頑張るから」


路上演奏をしていた時、通りがかりの人や偶然居合わせたほかの演奏者とその場でセッションすることも珍しくなかった。

お互いの顔を見て、目配せで意思疎通ができる人数なら、何とでもなる。

見物人の中にいたヴァイオリンを抱えた女性は、バカヨシヤが頼むと快く貸してくれた。

駅前の音楽教室で習っているらしい。
初心者用の安物だと言っていたが、ちゃんと音が出れば問題ない。


美湖ちゃんは未だ不安そうな表情をしているものの、その横にいるイケメン俺様王子様の表情はまったくちがう。


ハラハラ、ではなく、ワクワクしている。

いつも、わたしの父がそうであったように。



義務や強制ではなく、
拍手や称賛のためでもなく、
ただ、弾きたいと思うから弾く。

ほかの誰でもない、
わたしらしく。



それでいいのだと言ってくれている気がした。




だから、



『大丈夫』



そう思えた。


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