溺愛音感

さまざまな音程、強弱が、見事なハーモニーを奏でる。


(やっぱり、マキくん三十五歳には見えないよね。童顔のせいもあるけれど、言動に落ち着きがないというか、社長らしくないというか……)


心の中でそんなことをつらつら考えていると、髪を引っ張られた。


「ハナ。おまえ、いま何を考えていた?」

「えっ! な、何もっ!? 何も考えてないよっ!?」

「嘘を吐けっ!」


間髪入れずに否定され、思わず正直に暴露する。


「お、オジサンのくせに、言動が子どもだなぁって思ってた」

「…………」

「で、でも、マキくんの場合、外見は二十代にしか見えないから、落ち着きなくても大丈夫! 社長の貫禄がなくても、違和感ないよ!」


とりあえず、フォローしてみたが無反応だ。


(な、なんか……言いまちがえた……?)


マキくんは無言で、手にしていた薄いウーロンハイを一気に飲み干す。

おしゃれで華奢なクリスタルのグラス――なんかではない。
落としても割れなさそうな、頑丈な大ジョッキだ。


「美湖っ! おかわりだっ!」

「かしこまりましたぁ、社長ーっ!」


ドン、とジョッキをテーブルに打ち付けたマキくんが叫び、美湖ちゃんがすかさずテーブルの上の呼び出しボタンを連打する。

バカヨシヤは、マキくんが飛ばす枝豆の豆鉄砲を額に受けながら、わたしに小声で訊ねてきた。


「……で、おまえいくつなの? ハナ」

「二十五」

「二十五ぉっ!? ぜんっぜんそうは見えないが……十歳も下かよ! 犯罪だろぉっ!? 社長!」

「ハナは成人している。犯罪ではないっ! それから、社長と呼ぶなと言っただろうがっ!」 

「じゃあ、アニキでっ! よろしく、アニキ!」


バカヨシヤは、怒り狂ったマキくんにヘッドロックされながら、マキくんのことを「アニキ」呼ばわりする。

翌日は平日で、仕事がある人が大半のため、打ち上げは一次会で解散。

その後、『Adagio』で飲み直すと言うマキくんに、バカヨシヤがまとわりつき、くっ付いて離れず…………


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