捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 決して目を逸らさず、佐野さんと対峙していると、やれやれといったため息をあからさまに落とされた。

 私はムッとして口を開く。

「逆にお伺いしますが、今回は拓馬さんの指示ですか?」
「ええ。まあ。そんなところですね」

 そんなはずないと決め込んで投げかけた質問だったから、なんの迷いもなく即答されて正直衝撃を受けた。

 いやでも……。今の佐野さんの答えは曖昧だった気もするし、ここで狼狽えちゃいけない。

 窺いの目を向けると、佐野さんはなんとも形容しがたい微笑を浮かべている。
 彼の心の中はまったく読めない。

 無言で視線を交わしている間、じわりと汗が額に滲む。
 性格的にあまり駆け引きは得意ではない。

 どちらにしたって私の答えは変わらない。
 相手の出方を待って臆病になるくらいなら、自分らしくいよう。

「お断りします。大体こういう話は、どちらかが一方的に決めるものではないのでは? まして、第三者を介してだなんて」
 
なるべく感情的にならぬよう、落ち着いた声を意識して反論する。私が少しでも怯みでもすれば、その隙に畳みかけられそうな気がしたのだ。

 佐野さんは、ふっと笑った。しかし、場が和む笑い方ではなかった。
 むしろ、私の緊張感は高まる一方。

「ふむ。ご指摘はもっとも。しかしながら、得てして世の中は理想通り行かないものじゃありませんか? 特に男女関係に至ってはことさらに」

 人のことを悪く言いたくないが、今のところ話していて人間らしい感情がまったく見えなくて苦手。
 目的遂行のために淡々と業務をこなしている感が否めない。
 おそらく私がなにを言ったって、眉ひとつ動かさずに応対するんだろう。

 心の中では全然納得いっていないのに、返す言葉が見つからない。
 すると、佐野さんがやけに柔らかな声で言う。

「ひとつ申し上げておきますが、こちらは決してあなたを不幸にさせたいわけではありません。今回の〝ご相談〟は、あなたと拓馬さんの最善の道をご提示したまでで」
「意味がわかりません」

 私がひとことで突っぱねた瞬間、彼は軽く瞼を伏せてから、厳しい目つきをこちらに向け直した。
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