ゆめゆあ~大嫌いな私の世界戦争~
私の世界戦争3
 9

 家に帰った。
 午後六時。
 丁度、お母さんが帰ってくる頃だ。
 お母さんは仕事をしているので平日は家に居ない。
 他に家族はいない。
 小さい頃に離婚した父親の記憶は殆どない。
 お母さんと最後に会話したのは随分と前だ。
 不登校になってから一年以上。最初のうちはそれなりに会話もあったけれど、段々と関わらなくなった。
 恥ずかしい。
 ひきこもりの私が恥ずかしい。
 みっともない娘になってしまって申し訳なく思っている。こんな私を見せることが恥ずかしい。
 すぐに部屋に戻ってテレビをつけた。
 録画していたスパイダーマンの再放送を観た。
 かなり昔の映画だけれど映像表現が素晴らしいと思った。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
 劇中で言われる言葉。
 主人公のピーター・パーカーはこの言葉によって自分の力を正しく使う決意をする。
 そうして街を守る英雄となる。
 私もそうなれたらどれだけいいだろうか。
 超能力を手に入れて何かが変わる気がした。
 桜ヶ丘中で生まれて初めて人に攻撃した。気を失ってしまったけれど一歩前に進めた気がした。
 王川中で体育倉庫を燃やした。感情的になったけれど心が晴れていく気がした。
 教室をめちゃくちゃにした。幻覚が見えてパニックになったけれど、スッキリした。
 不老川に鳥海を突き落とした。昔、突き落とされた仕返しをようやく出来た。
 元同級生を締めあげた。楽しかった。つるしたり殴ったりして、苦しむみんなを見るのが楽しくて仕方なかった。
 変われたと思ったんだ。
 PTSDは原因と向かい合い、受けとめることでしか前には進めない。
 受けいれて、新しい道を模索する。
 学校に行けなくなった頃、お母さんと心療内科に行った。
 カウンセラーの先生。
 優しそうな人だった。
 私は虐めのことを話した。
 先生は何も言わず聞いている。
 途中で言葉が詰まって私は何も言えなくなった。
 あれ?
 何で?
 声が……、言葉が出ない。
「あ……、あ……、あう、あ、あぁ、あ、はぁはぁ……、はぁはぁ」
 何とかして話そうとしたら呼吸が荒くなった。
 体が震えてきた。
 目が虚ろになってきた。
 頭がぼんやりした。
「はぁはぁ……はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
「もう、いいですよ、無理しなくて。大丈夫です」
 先生が言った。
 そこで私の話は終わった。
 苦しかった。
 こんなことは初めてだった。
 何となく隣を見た。
 そしたらお母さんが泣いていた。
 びっくりした。
 お母さんが泣いているのを見たのは初めてだったから。
 シングルマザーで私を育ててきた。 
 お母さんは強くてしっかり者。
 仕事で忙しいのに弱視の私のために眼科に付き添ってくれたりして優しいところもある。
 六年生の時にお母さんと一緒に眼科に行って作ったメガネは大事な宝物だった。
 去年、壊してしまった時は本当に悲しかった。
 お母さんには感謝している。
 小さい頃から、
「お母さんにだけは迷惑をかけたくない」
 と思ってきた。
 三年生の時。
 雨の日に傘を振りまわすことで問題が起きた。
 ADHD。
 発達障害じゃないかって学校の先生と話しているのを影で聞いた。
 困らせたくない。
 困らせたくなかった。
 心療内科で泣いているお母さんを見た時、とても情けなく思った。
 こんな私でごめんね。
 ごめんね、お母さん。
 数十分後。
 玄関で音がした。
 お母さんが帰ってきた。
「ただいま」
 は私は言えない。
 私は部屋の灯りを消した。
 テレビにイヤホンをさした。
 ”私が生きている”ことを感じてほしくないからだ。
 私はいない。
 いないもの。
 教室にいる時みたいに、私のことは存在しないものと思ってほしい。
 夜十二時。
 世界が寝静まる。
 物音ひとつしない。
 お母さんは眠ったみたいだ。
 私はマントを羽織りサングラスをつけた。”サイキックガール”ローズマリーのコスチュームだ。
 部屋の中で靴を履いて窓から外に出た。
 能力を使って空中を移動して芥川結愛の家に向かった。
 芥川の家の場所は知っている。
「復讐してやる!」
 と思ったのは今日が初めてじゃないからだ。
 何回も何回も思ってきた。
 小学生のころから、何百回も、何千回も思ってきた。
 尾行して家の場所や生活パターンを調べたりした。
 一人になるタイミングを見計らってナイフで一突き。そう思って百円ショップで包丁を買ったこともある。
 でも、全部妄想。
 私は何も出来ない。
 そんな私だからいつまでも虐められてきた。
 すぐに芥川の家に着いた。
 洋風の高級感のある建物。
 空から見ている。
 暗闇の世界。 
 部屋の灯りは消えている。
 芥川の父親は省庁勤務で、母親は元アナウンサーだという。
 頭脳、容姿とも遺伝なのか。
 生まれた時に人生って決まる?
 私は主人公にはなれない。
 だけどそんなことどうだっていい。
 私はただ変わりたいだけだ
「みんな、燃えちゃえばいいんだ」
 空から見えない手を伸ばした。
 プロパンガスの缶。
 見えない手で思い切り叩いた。
――ドカアアァァァアアアン。
 耳が破裂するような轟音と同時に爆発炎上。
 暗闇にパッと光が灯る。
 焦げた匂い。
 夜空に混ざって煙は見えない。
 立ちのぼる火炎。
 綺麗だと思った。
 真っ赤に染まった火柱が悪を浄化してくれる気がした。
 PTSDの治療に必要なのは過去との対話。
 過去を受けいれて前に進む。
 私はこれでいいと思った。 
 やり方は自由。
 認知行動療法も箱庭療法も催眠療法も、治療方法は無数に存在する。
 心の治療に正解なんてない。
 あるのは理屈だけだ。
 だったら私は過去を徹底的に破壊することにする。
 過去を受けいれたら私は発作を起こす。
 発作が起きたら過去を殺そう。
 そうすれば過去に勝てる。
 勝ったら私は自由だ。
 超能力を獲得し数々の活動を経て変われたつもりだった。
 けれど結局、芥川を前にしたら何も出来なかった。
 それは復讐が足りないからだ。
「あはははははは。燃えろ、燃えろ。もっと、もっと燃えろ」
 私は間違ってない。
 現に、王川商店街に一人で行けるようになった。
 王川中だって昔だったら近づけなかった。
 芥川たちに会ったらきっと発狂して逃げだしてた。
 少なからず、立ち向かおうとした。
 それは前進だ。
 確実に前に進めている。
 ただ足りないだけだ。
 復讐が。
 強度が。
「みんな燃えちゃえばいいんだ。何もかも燃えて燃えて、燃えればいいんだ」
 サイレンの音がした。
 ほんの数分。
 消防隊は優秀だ。
 彼らこそが現代のヒーローなのかもしれない。
 じゃあやっぱり私はダークヒーローでいい。綺麗事じゃ解決出来ない悪を裁くローズマリーでかまわない。

 
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