眠れない夜は、きみの声が聴きたくて


「岐阜。母さんの故郷」

「な、な、なんで急に……?」

「俺の喘息のこともあるし前から話し合ってたことだったんだ。区切りがいいように二学期が終わって冬休みにはあっちに行く予定になってる」

母さんはすでに向こうで暮らす準備を始めているし、転校の手続きについても調べているそうだ。

母さんに『行ってもいいよ』と言ったのは夏休みの終わりだった。

友達と離れることは寂しいし、向こうでやっていけるのかという不安もある。でも一番渋っていた理由は、響に会えなくなることだ。

せっかく仲良くなれたし、当然のようにこれからも一緒にいられると思っていた。

けれど、好きな人がいるからという理由で俺だけここに残ることは不可能だ。

母さんが故郷で暮らすことを望んでいるのなら、拒否する権利は今の俺にはない。

「岐阜って言ってもそんなに遠いわけじゃないし、行き来できない距離じゃないよ」

これは響にというより、自分に言い聞かせていることだ。

海外に行くわけじゃないし、同じ陸で繋がっているのだから、会おうと思えばいつだって……。

「遠い。……遠すぎるよ」

響の寂しそうな一言が耳に届く。

大人になれば、もう少し広い世界を知れば、東京と岐阜なんて大したことはないんだろう。

でも、なんの力もない十四歳の俺たちには果てしなく遠い距離のように思える。

同じ街ではない。同じ学校ではない。近所でたまたま会うこともない。

それがどんなに大きなことなのか、響の表情を見て改めて実感していた。


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