ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?


「確かに酷い仕打ちですね。この風体の俺に真面目な話をさせる気ですか?」


「そ、そういう意味で言ったんじゃないってば!」


けれど、言われてみれば夏雪は首から下はおーくんだし、腕にはおーくんの巨大な頭を抱えてる。これまで見た中でぶっちぎりに間抜けな姿ではある。


「…まずいですね。急がないと。
透子、話は後です。一旦ここを逃げましょう。」


「??なんで逃げるの?」


「もうコンサートが終わりますから」


言い終わらないうちに扉が開き、たくさんの人がホールに出てくる。夏雪はすっとおーくんの頭を被った。確かに、おーくんの中の人の顔が出てるなんて事態は非常にまずい。


「あー!
おーくんだーー!!」


元気の良いちびっこ達の声に「きゅーっ」と悲鳴を上げたおーくんが、私の手を取って走り出した。


「なんで私まで一緒に逃げるてのよ!」


夏雪はそれには答えず、もっきゅもっきゅと音を立てて走る。けれど悲しいかな、足が短すぎてちびっことの距離は近付く一方だ。



「待てー!葉っぱちょうだい!」


「もきゅ」


「ていうか子供から逃げるゆるキャラとかダメじゃん…」



おーくんは曲がり角でフェイントをかけると、死角になっている通路に逃げ込んでクリスマスツリーの影に隠れた。鬼ごっこ気分で盛り上がっている子供相手に、わりと容赦のないやり方だ。


「これでしばらく時間が稼げます。上へ逃げましょう」


「私は一緒に逃げなくてもいいでしょ」


「あなたは顔がわれてますよ。さっき追いかけてきた子供達に言い逃れできますか?」


言われてみればそうだった。人気者のおーくんと一緒に逃げてた人だと認識されていたら、どう説明していいかわからない。


「ぐぬぬ…」


「分かれば良いです」


何故か上から目線の夏雪に言いくるめられる。首から下がおーくんのくせに高飛車でいられるメンタルは、夏雪くらいのものだろう。


「このままでは機動力が足りないですね。作戦を変えましょう」


夏雪は首から下のおーくんを脱ぎ去る。シャツとスラックスの、着ぐるみの中にいたとは思えないかっちりとした服装。普段のよく知る夏雪の姿だった。


「おーくんは置いていくの?」


「いえ、機密扱いの技術が使われているので放置はできません。それはそうとして…

あの時、透子が俺に嫌われるために必死になっていたことは分かっていました。あなたが罪悪感で押し潰されそうで、見ていられなかった」


急に元の話題に戻るから、身構える隙もない。


「何言ってるの。私は、単に夏雪のこと好きじゃな…」


「不器用なのは自覚がないんですか?
俺に嘘をつく気なら、もう少し上手くやるべきですよ」


クリスマスツリーの影に隠れているから、もう少しで夏雪に触れてしまいそうな狭い空間だった。その、何もかも見透かされてしまう距離感が怖かった。


「だって夏雪は、クロエが…」


「彼女とは確かに恋人だった時期がありますが、透子にも昔の恋愛の相手くらいいるでしょう?
俺も一人だけなら顔も名前も知ってますけど。うちの社員ですから、たまに減俸してやろうかなとか思うことあります。」


「どんな理由で減俸するのよ、悪徳経営者か!

…鴻上さんは夏雪にとってのクロエとは全然違うよ。結婚の掟に逆らっても結ばれたかった相手でしょう?」


夏雪が頭の上に手をのせた。彼が私への罪悪感でクロエの元に行けないくらいなら、彼に憎まれて消えてしまいたかったのに。
< 60 / 62 >

この作品をシェア

pagetop