エリート副社長とのお見合い事情~御曹司はかりそめ婚約者を甘く奪う~


いくら事前に派遣会社に連絡を入れていたとしても、こちらの非がゼロになるわけではない。
相手方もしばらくは『契約途中だし困る』と渋っていたけれど、それでも、私が半年間つけていた日誌を提出し確認すると折れたらしい。

派遣会社の方から塚田さんを説得し合意解約させるという方向で話はまとまり、わずかだけどホッとした。


そして、驚いたのはその週の日曜日。

十九時を回り駐車場のチェーンを閉めるため外に出ようとした時、ロビーにいた富井さんに声をかけられた。
富井さんは短髪が爽やかな若手の営業で、たしかふたつ上とかそんな感じだ。

「あの……さ、藤崎さん」
「はい?」

富井さんの視線は窓の外を向いたまま。その方向にあるのは片側二車線の大通りだけで、私も見てみたけれど特に変わった様子はない。

でも富井さんは神妙な面持ちだった。

「半年以上前にさ、おばあさんの幽霊が見えるだとかなんとかって噂あったじゃん。ほら、大通りをはさんだ向こうの歩道から店内をじーっと眺めてるっていう……」

「ああ、ありましたね。そういえば」

話を聞いたときには私も怖く思ったのだけれど、その後、塚田さんとのことが本格化して幽霊どころの騒ぎではなくなって、すっかり忘れていた。

たしかにそんな噂はあったし、富井さんは一番怖がっていた気がする……と思いながら、再び視線を窓の外へと移す。
けれど車道を挟んだ歩道には通行人の姿が行き交うだけ。

< 109 / 212 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop