記憶奏失
「間違いありませんね。学習障害——局所性学習症と言いまして、基本的な生活に支障は凡そないものの、子どもの本分であるところの“学習”という点に於いて、軽度ないし決定的な障害がある状態です。ほら、漢字が読めなかったり、読めるけれども計算は出来なかったりという、それです」

 まだ幼いひかりには、よく分からない難しい話だった。母・美那子は理解しているらしかったけれど。
 しかし。
 次いで医師が「でも」と置いた後に続けた言葉。

「長年、似たような境遇の子どもたちを沢山見て来た私ですが、これは初めての症例です」

 そんな言葉に、母の表情は一気に曇りを見せる。
 それを見た医師は、始めこそ僅かに渋った様子だったが、やがて、意を決したように母の目を見据えると、

「娘さんは——“楽譜だけ”が読めないディスレクシアです」

 楽譜が読めない。楽譜だけが。
 ひかりには、簡単なレベルのものでも、聴いたまま再現する能力も乏しい。

 加えて、幼少の頃より患っているナルコレプシー。

 だからこそ医師の言葉は、ひかりたち親子のコミュニケーションツールでもあったものを脅かすくらい、あまりに残酷な現実だった。
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