冬の花
「エムアイプロ所属の、岡田あかりです。
よろしくお願いします」


私は部屋の真ん中に立ち、
目の前の長テーブルに腰をおろしている5人の審査員に頭を下げた。


顔を上げると、鳴海千歳は一番右端に座り、
興味無さそうにこちらを見ていた。

どうせデキレースだから、
他の役者の演技なんか興味ないのだろうな。



「じゃあ、始めて下さい」


真ん中に座っている、プロデューサーの橋田さんにそう促され、
私は今から演じる役を思い出す。


事前に渡されている台本の一部。


主人公の女の子リコを演じる。


女子大生と殺し屋との恋愛物。


殺し屋の男性を愛してしまった主人公が、
その殺し屋に銃で殺されると言うシーン。



それを、一人で演じる。


実際、今誰かに銃を突きつけられているわけでもないし、
その渡されている1シーン分の台詞しか知らないから、
何故、そんな状況になっているのか分からないそのシーンを、
想像で演じる。


「…最初から、私を殺すつもりだったの?」


「嘘…。
だったら、なんで私をあの男から助けてくれたの?」


「なんで…どうして…」


そして、書かれていたように、
涙を流す。


演じていると段々と役に入り込んで行く。


その愛した殺し屋に殺される事に、
悲しみが湧き、恐怖が襲う。


そして、それを越える憎しみが湧いて来る。


許せない、と。


泣きながら、宙を睨み付ける。


その場にその殺し屋がいるように。



「…はい。オッケーですよ。
合否はまた事務所の方へ連絡します」


審査員の一人の声で、我に返る。


審査員達が一斉に、私を見ている事で、
手応えを感じた。


興味無さそうだった鳴海千歳さえも、
私の顔を見ている。


「今日はありがとうございました」


私は頭を下げ、さっとその会場を後にした。


すると、扉のすぐ近くに木元さんがそわそわと立っていて、
私は彼女に大丈夫だから、とそう言って笑いかけた。


< 62 / 170 >

この作品をシェア

pagetop