揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
次々に運ばれて来る料理は、大袈裟でなく、鈴の舌をとろけさせるような美味しさだった。


はっきり言って、緊張もし、夫への後ろめたさも感じていた鈴の表情は徐々に柔らかくなって行く。


(人間、やっぱり食欲には敵わないんだな・・・。)


鈴は内心苦笑いする。もっとも


「君をどうこうしようというつもりはない。」


という高橋の言葉が、鈴の気持ちをやや落ち着かせたというのも、また事実だった。


この日の高橋は、堅い話はほとんどせず、といって、いきなりプライベートに踏み込んで来たり、逆にプライベートをさらけ出すようなこともせず、でもさまざまな話題を持ち出して、鈴を飽きさせることもなかった。


さすがのコミュニケーション能力だと、鈴が感心している間に、デザートとコーヒーも終わり、2人は改めて向き合う形になった。


「今日は、突然お呼びたてして、申し訳なかった。」


「いえ、私の方こそ、お言葉に甘えてしまいまして。」


頭を下げ合う2人。


「実は、気になることを耳にしたものだから。」


「なんでしょうか?」


「神野さんが、僕達のプロジェクトから抜けたいと言ってると。」


その言葉に、鈴は驚いて、高橋を見る。


「正直ショックだった。神野さんにとって、何かやりにくいことが、存在したのかと思って。」


「いえ、とんでもありません。忙しかったですが、やり甲斐のある、いい雰囲気のチームでした。その末席で、関わらせていただき、光栄に思ってます。ですが、私はもともとピンチヒッターですし、営業事務が本来の業務ですから、そちらに戻りたいと上司に申し上げたのは事実です。他意はありません。」


「それが本当の理由ですか?」


「はい。」


「なら、よかった・・・。」


鈴の返事に、高橋は少し表情を緩ませた。


「営業は・・・あまり性に合いませんから。」


「それはもったいないな。」


「えっ?」


「僕から見たら、神野さんは素晴らしい営業マンだと思う。」


「高橋さん・・・。」


「だけど、神野さん自身が、そう思われるなら仕方がない。」


ここで一瞬、間を置いた高橋は


「神野さん。」


とまっすぐに鈴を見る。


「ぜひ、我が社に来ていただけませんか?」


「えっ・・・。」


唐突な申し出に言葉を失う鈴。


「僕は、あなたを今回のプロジェクトのMVPだと思ってます。あなたの仕事ぶりに惚れ込みました。」


「・・・。」


「当然、これからも一緒に仕事が出来ると思い、楽しみにしてた。しかし神野さんが、それを望まないのなら仕方がない。御社の人事に僕が口を挟む道理もない。」


「・・・。」


「しかし僕はこれからも、神野さんと仕事がしたい。営業が性に合わないと言うなら、僕のスタッフとして、僕を支えてもらいたい。突然こんなことを言われて、驚いているだろうが、僕は本気です。是非、一考願えませんか?」


そう言って、まっすぐ自分を見る高橋。あまりにも予期せぬ申し出に、鈴はただ呆然としていた。
< 102 / 148 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop