眠れない夜をかぞえて
「OK、亮。自分でイメージしたポーズを自由に取ってくれ。とりあえず、彼女を抱きこんで」

「はい」

唐沢さんの声がかかり、横になった一ノ瀬さんに抱きしめられた。

一瞬で固くなる身体。一ノ瀬さんは仕事と割り切っているのだろうか。

意識しているのは私だけ? こういうことが初経験の私が、平常心を保てるわけがない。

動きがある度にスタイリストとメイクが直しに入る。

変な目で見られていないかとビクビクしていたけど、彼女たちはプロとしての仕事をしていた。

一ノ瀬さんの動きで背中越しでも、直されているのが分かる。

「さ、はけて、行くぞ」

唐沢さんの一言で、撮影が始まった。

私はただ、一ノ瀬さんに身を任せているだけで、ずっと横になっている。

一ノ瀬さんはシャッターを切られる度にポーズを変えている。

「いいぞ、亮。衰えてないな、その目、その目」

控室で抱きしめられた時。全然嫌じゃなかった。人のぬくもりに触れたのはいつだっただろう。

私には哲也が初めての人だった。カチカチの私に、

「どんと任せろと男らしく言えない所が俺だろ? でも美緒を大切にしたい」

そう言ってくれた。

「彼女! えっと桜庭さん! 少し顔をこっちに向けて! 亮、髪でうまいこと目が見えるか見ないかのところで髪を流して!」

顔をカメラの方に向けると、一ノ瀬さんの胸に顔を付けることになるじゃない。

でも指示は絶対だ。何とかつけないように、私が頑張ればいいんだから。

「それと、もう少し掛物下げて、腰のあたりまで」

「悪いな、桜庭」

もう私は首を振るしかない。

ここまで来たらどうにでもなれと言う感じ。

でも一番の心配は、胸が見えないかということだ。

< 67 / 132 >

この作品をシェア

pagetop