俺様アイドルが私の家に居座っている。
学校が始まって一ヶ月。
手塚くんは正体を誰にもバレることなく、穏便な大学生活を送っているようだ。


しかし若干高学歴に傷がついたと思っているのか、最近はテレビで学校の話をやりづらそうにしている。

うちもそこまで低くはないと思うのだけれど。私、結構受験苦労したのに。

まあ、そういった妥協のない姿勢が彼を完璧主義たらしめているに違いない。

最近は仕事も忙しそうだし、いつか倒れるのではないだろうか?


「縁起でもないことを考えるな」
「人の心を読まないでよ」
「声に出てた」
「ありゃ」


授業のない時間、空コマを使い二人でゼミやその他同じ授業の課題を進めている。


仕事休みが多い彼は出席を取らない授業ばかり履修していた。
読み物のレポート課題ならお茶の子さいさいだそうだ。
休んだ日のノートを取っておくのはもちろん私。

全く、自分のお人好し加減にはつくづく腹が立つ。

家では怜、学校では手塚くんにこき使われる日々がファンにとって垂涎ものなのは間違いないが、実際こうなってみると、誰のために生きているのか分からなくなってくる。

まあ推しのためと言えば推しのために生きているので、ありがたく生を享受するとしよう。


「あ、そういえばこの授業、来週フィールドワークだって。この日ばかりは出席とるっぽい」
「へえ、珍しい。興味あるな」
「仕事は?」
「平日の午前中なら調整してもらえると思う。早めに教えてくれて助かった」
「いやいやこのくらいは」


むしろこれくらいしか私が役に立てそうにないのも事実だった。残念なことに。


「それにしてもお前、ノートきれいだよな。シャーペンしか使ってないのに見やすい」
「そう? ありがとう。先生が話すの早いから色ペンに持ち帰る暇なくてさ」
「いや、むしろ俺はカラフルだとどこが大事かわからなくなるから。下線引いてあるぐらいが好まし……悪い、見せてもらってる立場だった」


褒めたと思ったら急に申し訳なさそうにしだした。
珍しい彼の姿に戸惑う。


「え、何、どうしたの。私のために書いてるノートだから何言われても大丈夫だよ」


それが文句でなくて褒め言葉なら尚のことなのだが。

手塚くんはこちらの様子を少しだけ伺い、「それならいいけど」と眼鏡の位置を直した。


それはもしかすると表情を隠すためだったのかもしれない。


「とにかく、その日は出席できそうだ。ありがとう」
「いえいえ」


なんとも言えない空気が漂う。

まだお互い名前と所属(正体)のみしか知らないし、沈黙が心地よくなるほど関係が発達するとも思いにくい。



そもそも、一般人とアイドルなので。



もう一度事実を受け止めてから、課題消化に取り掛かった。


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