ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
5. 8月

隆春



 夏休みは、期間中にチーム内で交代で取る決まりだ。5日間。
 連続でもいいし、飛び飛びでもいい。
 チームの誰かは必ず出社するように調整することになっている。

 俺は、ばあちゃんの法事があるため、8月の頭に週末をはさんで取ることにした。
 本田さんは、お盆の後に取るらしい。

 あの後、お礼のランチはできないでいた。
 俺が会社にいる時には本田さんがいなかったり、2人共忙しくて余裕がなかったりして。
 結局、ゆっくり行ける時にしよう、ということになっていて、未だ実現していない。

 俺は、本田さんへの気持ちは隠したまま、いつもと同じようにしていた。
 正直、どうしたらいいかわからなかった。

 この気持ちを知られてはいけない。
 本田さんが困るから。
 でも、止めることもできない。
 会社に行けば会ってしまうし、顔が見たくなる。声が聞きたくなる。
 見たら、可愛いと思ってしまう。声を聞いたら、あったかい空気に包まれたように、幸せな気分になる。
 隣の席だし、席替えやチーム替えは当分ないらしいから、どうしたって近くにいることになってしまう。
 嬉しいことではあるけど、ため息は止まらない。

 今日だって。

「はあ……はあ……間に合ったあ……」
 始業時間ギリギリに飛び込んできた本田さんは、汗だくだった。
「千波先輩、遅刻しそうになるなんて珍しいですね。いつも早めなのに」
 中村さんが、本田さんをうちわであおいでいる。
「あーすずしー……ありがと美里ちゃん」
「寝坊でもしたんですか?」
「うん」
 本田さんがマイボトルを出して、喉をうるおす。
 中身はいつもホットコーヒーのはずだ。熱くないのか?
「明け方に暑くて目が覚めてね、冷房付けたら気持ち良過ぎて、つい寝過ごしちゃった」
 本田さんは、中村さんと話しながらパソコンを起動させる。
 時々中村さんの方を向くと、一筋だけ外側にはねている髪が、ぴよんと揺れる。

 寝癖かな。寝坊したって言ってたから、直しそこねたか、もしくは気付いていないのかもしれない。

 教えてあげようかとも思ったけど、ぴよんと揺れるのが可愛くて、つい黙って見てしまっていた。

「須藤が……千波先輩をやらしい目で見てる」
 本田さんの向こうから、中村さんが目を細めて俺をにらんでいる。
「えっ?」
 振り返ってこっちを見る本田さん。髪はぴよんと中村さんの方に流れていった。
「なにか用だった?」
 まっすぐな目で見られると、ドキドキする。
「いえ、なんでもありません」
 笑ってごまかした。まさか寝癖が可愛くて見とれてました、なんて言えない。
 そうしたら、中村さんがまだにらみつけてくる。
「嘘をつけ、須藤。最近特に千波先輩をジロジロと見てるし。なんかやらしいこと考えてるんでしょ」
「なっ……そんなことある訳ないだろ」
 見てるのは図星だ。やらしいことは……考えてないこともない。
「気温が上がって薄着になってきた辺りから、ずっと警戒してたんだからね。千波先輩になにかしたら承知しないんだから」
「なっ、なにかって……」
「あはは、美里ちゃんなに言ってるの」
 焦る俺に対して、本田さんは笑い出した。
「須藤君からしたら私なんておばさんだよ。なにかする訳ないじゃない」

 いや、おばさんじゃないし、なにかできるものならしたいです。
 ……とは言えない。
 そして、こういう時に思い知らされる。
 俺は、相手にしてもらえないんだと。

「くだらないこと言ってないで、はい仕事仕事」
 本田さんが、中村さんをデスクに向かわせる。
 また、髪がぴよんとこちらを向いた。
「そういえば、美里ちゃんいつのまにか須藤君を呼び捨てね。そんなに仲良しになったんだ」
「仲良しなんかじゃありません。私の千波先輩を取ろうとするやつなんか、呼び捨てで充分です。むしろ名前すらいらないです」
「美里ちゃん……」
 本田さんは苦笑するしかない。

 中村さんは、最近こんなことを言って絡んでくるようになった。
 中村さんは本田さんが大好きだ。
 憧れのお姉さんのような感じに慕っている。
 中村さんにとって、本田さんの周りに寄ってくる男は全て敵。
 俺は、本田さんを好きだと自覚した後も、普通にしていたつもりだったけど、中村さんは敏感に感じ取っているらしい。敵認定されている。

「まあまあ、仕事しよっか、ね」
 この『ね』に中村さんは弱い。
 実は、俺も弱い。めちゃくちゃ可愛い。
 中村さんは、まだ俺をにらみつけながら、渋々仕事を始めた。
 本田さんは、ハンドタオルで汗を拭きながら書類を読み始める。
 ちょっとでも頭を動かすと、ぴよん、ぴよんと髪が揺れる。

 ……可愛い過ぎるだろ。

 俺は、その揺れている髪を指で弾きたい衝動を抑えて、横目で見ながら、仕事に手をつけた。



 毎日、こんな調子で、隣から“可愛いパンチ”をくらっている。
 これで、好きになるのを止めろとか言われても、無理な話だ。
 かなわないことはわかってる。『ケンさん』がいるんだから。
 じゃあせめて、見ているだけなら、好きでいるだけなら、許されないだろうか。

 そんなことを、ずっと考えている。



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