ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 本田さんの体調も心配だけど、俺には考えなければいけないことがある。

 本田さんの誕生日プレゼントだ。

 大した物も思いつかないまま、あと1ヶ月をきってしまった。

 誕生日プレゼントなんだから、なにか特別な物をあげたい。
 でもいくら特別とは言っても限度がある。あまり高価な物だと断られる可能性が高い。
 そして、俺の気持ちがバレてしまうような物も駄目だ。
 これを機に告白することも考えたけど、今そんなことをしたら、かなりの高確率でフラれてしまう。俺は未だに男として見られていないんだから。
 これを機に告白、じゃなくて、これを機にちょっとでいいから意識してほしい。

 “ただの後輩”から脱却できて、誕生日プレゼントにできるような、都合のいいアイテムはないんだろうか……。



 考えながら休憩スペースに行くと、本田さんと筒井さんがいた。
「平日だし、多分残業だよ」
「誕生日に残業なんて、らしいなあ」
「いいよ、もうめでたいって歳じゃないし」
「なんか去年も同じセリフ聞いた気がする」
「あー言ってたかも」
 2人は笑って立ち上がった。
「ケーキくらい食べたら?」
「うーん、自分で買うのも哀しいからやめとく……あ、須藤君、お疲れ様」
 本田さんが俺に気付く。
「お疲れ様です」
 本田さんと、筒井さんにも頭を下げた。
 筒井さんとは話をしたことはないけど、俺が本田さんを好きだということはバレているらしい。
 ランチに誘いに来た時に、俺と本田さんが話しているのを見て気付いたんだそうだ。と、中村さんが言っていた。「そりゃあだだ漏れだからね」とも言われた。
 でも、筒井さんからはなにも言ってこない。時々じっと見られているのは感じているけど。
「じゃあまたね、千波。須藤君、お疲れ」
 初めて声をかけられて驚いた。
「あ……お疲れ様です……」
 筒井さんは、俺の顔を少しだけじっと見て、去って行った。
 なんだったんだろう。

 答えは、その日にわかった。
 経費精算で、下フロアの経理課に行った時のこと。
 いつもは俺と同期の三枝さんが受け付けてくれる。今日も、三枝さんに頼もうとした。
 三枝さんは経理のカウンターから一番近い席にいる。
「三枝さん、これお願いします」
「はーい」
 三枝さんが立ち上がろうとすると、筒井さんが来たのだ。
「私やるからいいよ。そっちお願い」
 筒井さんは笑顔で三枝さんに言う。
 三枝さんは驚いて焦っていた。
「えっでも」
「早くしないと、今日中に終わらないよ、それ」
「あっはい……」
 三枝さんは驚いた顔のまま座り直して、仕事を再開した。
 筒井さんは、俺に向き直って、にっこり笑った。
「書類ちょうだい」
「は、はい」
 書類を渡す。筒井さんに直接処理してもらうのは初めてで、緊張する。
 筒井さんは『スーパー経理』と陰で呼ばれているくらい優秀で、課長も頭が上がらないと聞いている。
 筒井さんは、書類に目を通すと頷いた。
「書類はオッケー。ちょっと待ってて」
「はい……」
 筒井さんは席に戻って、現金を数えている。
 俺は、緊張したまま待っていた。

 なんでわざわざ?なんかあるのか?
 もしかして、本田さんに近付くなとか言われるのか?

 緊張して待っていると、筒井さんは現金の入った封筒を持ってきた。
「ここにハンコ押して」
 筒井さんが指差した書類にハンコを押す。
 押した瞬間、筒井さんがボソッと、俺にしか聞こえない声で言った。
「千波が好きなのはザッハトルテ」
 顔を上げると、筒井さんのニヤッと笑った顔があった。
「須藤君、ハンコずれた」
「え?あ!」
 押したまま顔を上げたので、手が動いてしまった。
「すいません……」
 筒井さんはクックッと笑っている。
「隣にもう一度押して」
「はい……」
 次を押した瞬間に、また筒井さんがボソッと呟く。
「もしくはチョコレートチーズケーキ」
 顔を上げる。また筒井さんがニヤッとしている。
「須藤君、ハンコ、もう一回」
 言われて書類を見ると、またずれている。
 筒井さんは、またクックッと笑って言った。
「もうないから、大丈夫」
 俺は頷いて、もう一度押した。
「はい、オッケーよ。じゃあこれ。中身確かめて」
 封筒を受け取って、中身を出して確認する。
 筒井さんは、また呟いた。
「多分、自分では買わないから。買ってあげて」
 封筒にお金を戻そうとした瞬間に言われた。
 おかげで小銭をばら撒いてしまった。
 筒井さんはクックッと笑い続け、俺は三枝さんに変な目で見られてしまった。
「……ありがとうございました……」
「はい、お疲れ様」
 筒井さんは、にっこり笑って送り出してくれた。

 非常階段を上がりながら、俺は顔が笑うのを止められなかった。

 ザッハトルテ、もしくはチョコレートチーズケーキ。

 食べたら無くなってしまうけど、そのくらいがいいかもしれない。本田さんに負担を感じさせることはないだろう。
 それに、おいしいものを食べる時の本田さんは、実に幸せそうで、可愛いのだ。
 その本田さんを見られるかと思うと、それだけで顔がニヤけてしまう。
 “ただの後輩”から脱却はできないかもしれないけど、いいと思った。

 そして、どうやら筒井さんは俺の味方になってくれるらしい。
 なんでだろう。挨拶以外で話したのは今日が初めてなのに。



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